広島駅近くにわずかに残る戦時下の遺構

『広島原爆戦災誌』には「全焼した広島駅は、灼熱の炎に焼けただれ、余燼(よじん)いまだ消えない翌々日の8日、陸海軍工作隊の出動によって、水を注ぎながら後片づけに着手した」と短い記述がある。8日には本線(山陽線)が開通し、9日には芸備線が開通した。

近年の東練兵場跡周辺は「エキキタ」などと呼ばれている。シリブカガシつまりドングリが群生する森である二葉山(標高139メートル)の山麓に、西から饒津神社、明星院(みようじよういん)、鶴羽根神社、広島東照宮、尾長天満宮、國前寺といった古い寺社が連なる風景は変わっていない。

だが、現在は寺社の間を縫うように山腹までマンションや一戸建て住宅が林立し、さらに西側の広大な旧官有地、JR所有地では大型再開発が進行中であり、都市高速のトンネルも地盤沈下などの問題をはらみながら異形を現している。

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もし戦時下の名残をとどめるものを訪ねるなら、第二総軍のルーツである騎兵第五連隊の碑、陣没軍人軍馬追悼の碑、罹災者が湧き水を求めて息絶えた東照宮境内の原爆慰霊碑などを目にすることしかできない。

佐田尾 信作(さたお・しんさく)
ジャーナリスト
1957年島根県出雲市生まれ。大阪市立大学文学部卒業。広島を拠点に取材活動45年。2025年12月現在は中国新聞客員編集委員、日本ペンクラブ会員、宮本常一記念館運営協議会委員。著書に『宮本常一という世界』『風の人宮本常一』、共著に『われ、決起せず 聞書・カウラ捕虜暴動とハンセン病を生き抜いて』(いずれも、みずのわ出版)など。
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