「待つ」行為の中に宿る豊かさ

ブレイディ アメリカの保守派論客でクリスチャンでもあるクリスティン・ローゼンは著書『経験の絶滅』の中で、テクノロジーが人間から「経験」という個人的価値観や自己認識の形成に欠かせないものを奪っていることに警鐘を鳴らしています。スマホやVRゴーグルのようなテクノロジーは私たちの世界との関わり方そのものを変容させてしまう。なぜなら人間には限界があるから。その時、人は「待つ」しかない。祈ることは待つことだともキリスト教では言います。

内田 「待つ」という行為には複雑な感情の変化が伴います。好きな人と待ち合わせしている時、15分前はワクワクしているけれど、約束の時間になっても来なかったら不安になって、1時間も待たされると怒りに変わる。「待つ」と時間の経過とともに感情が変化する。日本の和歌には「待つ」ことを歌った作品がとても多いでしょう。藤原定家の「来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」などが代表的ですが、昔の日本人は感情生活を豊かにする契機として「待つ」という行為を大切にしたんだと思います。恋人が来るのを待ったり、月が出るのを待ったりする経験のうちに深く豊かな感動を見出していた。

内田樹氏

ブレイディ まさに、待つことは深い人間的経験のひとつだったはずなのに、テクノロジーは単なる不都合とみなして「時間の無駄」は排除すべき問題になってしまった。待つことの真反対が加速主義です。

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内田 加速主義ってイデオロギーではないと思うんです。あれは「待てない」という身体的な苛立ちなんです。ビジネスマンの理想は「無時間モデル」です。マックス・ウェーバーが書いている通り、資本主義の原点にある感覚はベンジャミン・フランクリンの「時は金なり」です。アイデアを思い付いて、製品化して、市場に投入して利益が出るまでの時間はできるだけ短い方がいい。入力と出力のタイムラグがゼロというのがビジネスの理想なわけです。「待ちたくない」というのは資本主義者の生理なんです。

 今イスラエル軍や米移民関税執行局(ICE)にAIのシステムを提供しているパランティア・テクノロジーズのピーター・ティールの著作のタイトルは「ZERO to ONE」じゃないですか。0.3とか0.5とかはないんです。他社と競争せず独自技術で市場を独占して、技術の進化を加速して、ポスト資本主義のフェーズに一刻も早く進みたいというのが加速主義です。彼らを衝き動かしているのはイデオロギーでもビジョンでもなく、「待つ」ことに異常なまでにストレスを感じる感覚なんだと僕は思います。

©AFLO

ブレイディ テクノ領主たちが今ここにある現実の環境に最適化し、できるだけ速く最大限の利益を得ようとする姿は、極中の政治的トレンドとそのまま重なりますね。