格差や貧困問題など、イギリスと日本の狭間で社会を見つめてきたブレイディみかこ氏が、5年ぶりの人文書『それはどこでも起こり得る 壊れゆく世界への抵抗』を世に問う。世界的に使われ出した“奇妙な言葉”を追っていくと、今ここにある社会の深層が見えてくる。イギリスのブライトンで移民の当事者として生きる立場から、リアルな情勢を語った。
◆◆◆
「自己責任」はもともとイギリスにはなかった
――新著では、いくつかのキーワードになる言葉から、現代社会に底流するものの正体に鋭利に斬り込んでいますね。
ブレイディ いま人々の口の端に上る言葉を追って、社会・政治情勢を読み解いたのは、私は普段から言葉についてよく考えざるを得ない環境で生きているからです。日本ではこう使われているけれどイギリスでは意味が違うぞとか、こんな奇妙な言葉が輸入されて使われ出したなとか、特にカタカナ語には敏感になるし、頻繁に辞書を引くのが習性になっています。
たとえば日本でよく使われる「自己責任」、つまり「セルフレスポンシビリティ」(self-responsibility)という言葉は、以前はイギリスではそんなに耳にしませんでした。responsibilityは「各々が自分の義務に対して果たす責任」を意味し、わざわざダメ押しするようにselfをつける必要はないですから。
ところが、イギリスにもロスト・ジェネレーション(氷河期世代)が現れ、政治家が説明責任(accountability)を果たさないのに、若者ばかりが「自己責任」を求められる風潮の中で、同じような言葉が使われるようになってきた。いわば上下の“責任格差”が深まる社会で、国が違っても同じ言葉が使われるようになるということは興味深いと思います。
「リマイグレーション」の正体
――そうした言葉から炙り出される社会の深層への指摘は鮮烈でしたが、中でも一番衝撃的なのは「リマイグレーション」という言葉でした。
ブレイディ 日本語に直訳すれば「再移住」ですが、第2期トランプ政権からアメリカ政府が公式Xなどで使い出し、イギリスの極右政治家も「移民の大量送還」の意で使うようになりました。この言葉の正体は、「ソフトな民族浄化」に他ならないとも言われています。極右が好んで使うこのおぞましい表現が公の場でも使われるようになり、アメリカではICE(移民・関税執行局)への権限・予算が大幅に増強され、いわば「移民狩り」と呼んだほうがいい状況が展開されていたのは日本でも報道されていたと聞いています。
イギリスでも排外主義的政策で注目を集めたリフォームUKが昨年の春から政党支持率第1位を独走しており、もはやアメリカで起きていることは対岸の火事ではありません。
「イギリスは議会制民主主義の母国だから大丈夫」と言う人もいますが、アメリカや日本と違ってイギリスは成文憲法典を持たない国ですから、独裁的政権が誕生すれば、トランプよりも過激にシステムを変えることが可能だろうと危惧する声もあります。

