十数年前、歌舞伎町で誕生した違法スカウト集団「ナチュラル」は、いかにして莫大な収益を生むトクリュウとなったのか。2026年1月、公開手配後に逮捕された創業者“木山”こと小畑寛昭被告(41)の知られざる経歴を辿ることで、その全貌を暴く。(全2回の2回目/初出:「週刊文春」2026年7月16日号)

 2006年、21歳の彼は、立川のスカウト集団Lの門を叩いた。当時を知るLの元幹部が記憶を辿る。

「あいつは収入が安定している自衛隊の入隊などに失敗して、仕事を求めてうちに入ってきたんです」

ADVERTISEMENT

 当時は「ヤンチャではなく普通の子だった」という。

「地元のツッパリに虐められて上司が助けに行ったほど弱い奴だったけど、『稼ぎたい』という欲が強かった。仕事をするのは週2〜4回くらい。立川ではまったく結果を残せなかった」(同前)

「木山」「西田」など改姓を繰り返していた「ナチュラル」会長の小畑寛昭被告

 だが、1つ気になる点があったという。

「当時は偽名を使う文化がなかったんですが、あいつだけ『木山』という偽名を使っていたんです。もしかしたら最初から辞めるつもりだったのか……」(同前)

幹部に楯突いて辞めていった

 立川の路上に立ち始めて約半年が経った頃、木山は当時の上司にこう告げた。

「ここでやっていても稼げないんで、新宿に行って何人かでやることになりました。ケツ(持ち)も付いたんで、話を通しに来ました」

 Lの元スカウトが打ち明ける。

「突然当時の幹部に楯突いて辞めていったんですよ。わずか6、7カ月で、やり方だけ覚えて飛んでしまった。『じゃあ、こっち(立川)に入って来ないでね』『お世話になったんで、そのつもりはないです』という会話を交わしていなくなった」