ツァオ 1本目の長編ということで、非常に長い時間をかけて準備をしました。私は台湾の高雄で生まれ育ちました。最初の映画では自分が10代だったときの話をしたいと思ったんです。私もこの映画の主人公と同じように、勉強が嫌いで、喧嘩をしたり授業をサボってタバコ吸ったりしている人間でした。学校ではどうやって授業サボろうかっていうことばっかり考えていましたし、家に着いてからもマンガを読んだりゲームをしたり、当時はまだ携帯がない時代でしたから、家の電話で友達と喋ったり好きな女の子と話したりっていうようなことをしていました。

 当時は権威主義の時代でした。政治は恐怖で人々を統治していた。家庭の教育も、親は私たちのいうことを聞かないと将来ためにならないよって、恐怖を植え付ける形で子供をしつけていたんですね。国の政治から一般の庶民に至るまで、恐怖による支配が当時は社会を作っていて、社会の抑圧を作っていたと思います。

 そこに大きな変化、1996年の総統選挙でした。自分たちの投票で国のリーダーを選べるという時がきたわけですね。

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ツァオ・シーハン監督©台湾映画上映会2026

初めての上映で、亡くなった父の席を空けておいた

リム ちょうど30年前ですよね。台湾では初めて総統直接選挙が行われた。当時監督は中学3年生でしょうか。この作品は自伝的な作品なのですか?

映画『夜明けの前に』©百景映画股份有限公司

ツァオ 私はこの映画で父子の関係、父子の和解について描きたかったんです。私は父親とはあまり関係が良くなく、映画を撮りたいと言ったときにも父は反対をしていました。1本目の自分の映画をどういう内容にしようか考えたときに、自分の父親とのそうした関係を描きたい、それによって自分の父親への思いを整理していきたいと思ったんです。結局、この作品を撮る前に父は亡くなってしまったんですが、私はこの作品を台湾で初めて上映するときに、席を一席、空けておきました。きっとそこに父親が来て、見てくれるんじゃないかと。私は勉強もせずに喧嘩ばかりしていましたから、父親は非常に心配して、私に建築の勉強をしてほしいと思ってたようなんですけれども、私は映画を選んで、やっと自分の映画を撮ることができたよと伝えたかったです。