写真だけ見てもわからない「本人だけが知る事実」

――すごい行動力ですね。ハルキさんとはどんなお話をされたんですか。

ホリーニョ そもそも僕は100歳の方とお話しした経験自体があまりなくて、お会いする前からとても緊張してました。「つらいことを思い出させてしまうんじゃないか」という不安や恐怖もありましたし、「丁寧に話そう」と決心して伺ったんです。

 でもハルキさんはお会いした瞬間から「うわー!」って大きい声でリアクションしてくださって。写真をお見せしたら「懐かしい懐かしい」って目に涙を浮かべておられました。「長健」「朝光」という方の名前を何度も呼ばれていたので詳しく伺ったら、隣に写っている二人の少年はハルキさんの幼い従弟たちなんだそうです。それが長健さんと朝光さん。

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写真を見るハルキさんとホリーニョさん(写真=ホリーニョさん提供)

――なんと。それは写真を見るだけではわからないことですね。

ホリーニョ そうなんですよね。実は関係の深い方だったという。

 戦中・戦後のお写真に写っている方と直接お話ししていて興味深いのは、当時の写真を見て「あの頃だ」とわかるのって自分の顔がきっかけじゃないんですよ。周りの家族や友人の顔は覚えているけど、自分の顔は覚えていないんです。

 なぜかというと、当時は鏡がなかったから。自分の顔を知らなかったんです。写真だってすごく貴重な時代ですから。だからハルキさんもよく覚えていたのは従弟の顔だったんだと思います。

長健さん
朝光さん

――このお写真が撮られた当時の状況のこともお話されましたか。

ホリーニョ 写真は1945年の4月25日にナーラ浜に子どもたちが集められているところを写したものです。ハルキさんは戦前から伊江島で物を売る仕事をしていて、戦争が始まってからも日本軍などに物資を売るお店で働いていたそうです。当時19歳でした。

 そこへ米軍が上陸してきて伊江島は占領された。通訳をしていた日系2世の「ヒノさん」という米兵から子どもたちの世話を頼まれたとおっしゃっていました。ヒノさんの指示でハルキさんが子どもたちを整列させて、そこをカシャッと撮った写真なんです。