「決して偉くなるつもりはないけれど…」

 鈴木はブレイク前より、自分の行動をプロテクトされたくないと、仕事の現場には自分で車を運転して移動していたほか、《お仕事も、決して偉くなるつもりはないけれど、少しずつ、自分のペースで役を考えながらできるように変えていきたい》と明言していた(『月刊カドカワ』前掲号)。

 彼女がここで言っているのは、いまとなっては多くの俳優がやっていることである。だが、当時の常識からすれば、若い女優が自分のペースを貫くのはわがままとも見られかねなかった。彼女の場合、先に引用した『東京ラブストーリー』出演直後の発言などに見られたどこか冷めた態度もあいまって、仕事に執着がないと思われてしまったのではないか。

常に抱いていた“怖さ”

 ただ、前出の鈴木の発言での自分に対する冷静な分析は、自信のなさの裏返しだったのかもしれない。たとえば、「私、瞬発力の人なんです」と、役への切り替わりの早さを強調していたのは、見方を変えれば、自分は基礎を学ばないまま俳優になったので、いつもその場しのぎで、自分のなかから無理やり何かを引っ張り出すしかないというコンプレックスの表れとも受け取れる。

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 実際、彼女はのちに当時を振り返って、《舞台などで経験を積んでいらっしゃる役者さんがいる中で、土台のない私が演じていることへの怖さが常にありました。砂の上にビルがどんどん建っちゃっている感じ、そんな不安が離れなかったんです。『この住まいは絶対に崩れる、崩れるに決まっている』と、いつも思っていました》と明かしている(『週刊現代』2011年1月29日号)。

 何とか実力をつけようと、以前なら絶対にやる気が起きなかった舞台にも挑戦する。1996年に朗読劇『ラヴ・レターズ』に出演したのに続き、翌年には『郵便配達夫の恋』で本格的に初舞台を踏んだ。

石橋貴明と再婚し、第一子を妊娠

 当時のインタビューでは最近思っていることとして、人間には、この道ひと筋の職人のように特定のところにずっといるタイプと、異邦人のタイプと2種類いるとすれば、《私は、いつも訪問する側なんじゃないかなって。行く先行く先で常にエイリアンであって、受け入れる人々との間に一時的なコミュニケーションがあって、でもやはり去っていく人間なんですよね。そこにいる人からいろんな刺激とか面白いものをもらって去っていくという流浪の民(笑)》と語っていた(『ソワレ』1997年11月号)。

1998年11月14日、石橋貴明と鈴木保奈美の結婚会見 ©文藝春秋

 初舞台で刺激を得ながらも、「私は……やはり去っていく人間」と言っているあたり、結局自分には身の置きどころがないという当時の彼女の心境が垣間見えるようだ。ちょうどそのころ、私生活では最初の結婚相手と別れ、翌1998年11月には、とんねるずの石橋貴明と再婚を電撃発表し、同時に第一子の妊娠が判明する。(つづく)

次の記事に続く 「専業主婦になることを決めました」引退宣言→大河ドラマで“電撃復帰”、離婚も経て…鈴木保奈美(60)が年を重ねて得た"変化"

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