昭和史の象徴・戦艦大和の沖縄特攻について語り継がれてきた美談の裏には、隠蔽された残酷な真相があった……。研究者・原勝洋氏のもとに残された一本のカセットテープ。録音を止めた「空白の時間」で、連合艦隊参謀・三上作夫中佐が絞り出した言葉とは。
ここでは池田遼太氏による『戦艦「大和」最期の新証言』の一部を抜粋。海軍のメンツのために強いられた出撃の真実を解き明かす。
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特攻命令の瞬間
カセットテープの中でも、三上(連合艦隊作戦甲参謀・三上作夫中佐)は原(戦艦「大和」研究の第一人者・原勝洋)に対して次のように回想している。
《伊藤長官(第二艦隊司令長官・伊藤整一中将)としては、基本命令を見て腑に落ちないところがあって、『こういう作戦をやってどれだけの成功の算があり、全軍に有利に展開できるのか』と、解釈ができない。そうなると、部下を無残に犬死にさせるわけにはいかないわけです……。それに対して、草鹿参謀長(連合艦隊参謀長・草鹿龍之介中将)は……『それはよく分かる』と。……『よく分かるけれども、今や、一億総特攻の、魁になって、征ってもらいたいんだ』と。『一億総特攻の魁になって、死んでもらいたい』。こういうことをまぁ、言われたわけだ。……それが、殺し文句になったわけだ》
《殺し文句になった……》
《それで伊藤長官は、『そうか、それなら分かった。何も言うことはない』ということで、引き受けられた。あの人は、長官として立派で、一度引き受けた以上は、後の雑事は言わない。ただ、上空の直衛はどうなるか、ということだけは、念を押された。それはないと。ないなら、ないでもよろしい、ということで……征かれました》
テープの中で、三上の語り口は今までよりもさらに小さく、歯切れが悪くなっていった。言葉を探している、というよりは、頭の中で必死に「つじつま」を合わせようとしているかのような、重苦しい停滞がそこにはあった。
原の返事も、その言葉を重く受け止めつつ、どこか戸惑っているように聞こえる。三上は慎重に、消え入るような声で続けた。



