戦艦「大和」の沖縄特攻。出撃直前の艦上で行われた連合艦隊司令部と現場の会談は、後世語られた美談などではなく、冷酷な決裂だった――。自分たちのメンツのために7000名もの将兵を無謀な死地へ追いやる上層部に対し、第二艦隊司令長官・伊藤整一中将が抱いた絶望的な怒りとは。
池田遼太氏による『戦艦「大和」最期の新証言』の一部を抜粋して紹介する。
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絶望的な軽蔑
「ふざけるな」
伊藤の声なき声が、三上(連合艦隊作戦甲参謀・三上作夫中佐)の鼓膜にハッキリと聞こえた気がした。彼の眼光は、こう語っていた。
(海軍の伝統的理念をねじ曲げ、制空権もなく現実を直視しない無策無謀の作戦を、連合艦隊司令部ともあろう所が杜撰な理屈をつけて、戦局に寄与することなくメンツのみで「死んでくれ」とは、一体どういう了見なのか)
その怒りは単なる感情の爆発ではなかった。
それは、理性を欠いた組織に対する、理性ある指揮官の絶望的な軽蔑だった。
最後は沖縄にのし上げて乗組員は陸戦隊となる。それは伊藤長官にとっても、第二艦隊司令部にとっても初めて聞く話であった。実は、連合艦隊司令部はこの時まで、海上特攻隊にそんな「最期」を与えようとしていることすら、関係各所に一切連絡していなかったのである。
仮に「大和」が満身創痍で沖縄まで辿り着いたとして、固定砲台となって主砲を敵に向けるには、「大和」の電気系統が生きていなければならない。自慢の46cm主砲は、傾斜が5度以上になると発射が不可能になる。道中の大損害がほぼ確実と予想される中、沖縄まで無事に辿り着いたとして、「大和」の主砲が正常に機能するかは怪しい話であった。
さらにいえば、第二艦隊の乗組員は最後に陸戦隊として斬り込むと明言したにもかかわらず、乗組員が地上で行動するための装備品も何一つ支給されていなかった。この話が本当だとして、連合艦隊司令部は乗組員に手渡すための小銃はおろか、短刀1本すら用意していないのである。



