決裂に終わった会談

 伊藤の言葉は、戦後「大和」の出撃を描いた著書などによくある「何も言うことはない」という文字通りの意味とは異なる。ましてや草鹿の回想にある「ありがとう、よくわかった。安心してくれ、気もせいせいした」という、晴れやかで都合のいい返事などでは断じてない。

「話にならない、論外だ」「もはや貴様らには何も期待しない」……。

 これは、杜撰な作戦を立てて7000名もの将兵を死地に追いやろうとする連合艦隊司令部への、痛烈な絶縁状に等しいものだった。

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 会談は、わずか15分で終了した。その言葉を最後に、伊藤長官は席を立ち、幕僚を連れて長官公室を出ていった。最後の会談は、「決裂」に終わったのである。

天理市にある大和神社 ©AFLO

 その間、第二艦隊司令部は士官室(ワードルーム)に二水戦司令部(第二水雷戦隊司令部)や各艦の艦長を集合させていた。森下参謀長(第二艦隊参謀長・森下信衛少将)や有賀艦長(戦艦「大和」艦長・有賀幸作大佐)を始め、集まった面々は連合艦隊司令部に対して、「勇戦すれど徒死するなかれ、という帝国海軍の伝統精神を忘れたのか」といった激しい不満をぶつけていた。

 室内の空気は殺気立ち、もし草鹿が不用意にこの部屋に入ってくれば、吊るし上げられかねない雰囲気だった。

 だが、その喧騒は、唐突に断ち切られた。

 ドアが開き、伊藤整一が入室してきたからである。その後ろには、憔悴しきった草鹿と、うつむいたままの三上が続いていた。

 一瞬にして、罵声が止んだ。森下は、伊藤へ駆け寄ろうとして足を止めた。伊藤の顔を見てしまったからだ。

 そこには、先ほどまでの苦悩も、あるいは激昂もなかった。あるのは、氷のような冷厳な静けさだけだった。それは、己の死を受け入れた者だけがまとう威厳であった。

(……決まったのか)