出撃を命じる“たったそれだけの理由”

 貴重な戦艦を手放すだけでは飽き足らず、そんな丸腰の水兵を敵地の真っ只中に放り込んで、一体何になるというのか。まさか連合艦隊は、そんな不始末すらも「海上特攻隊」という美名によって全て処理し、後世のために死に花を咲かせようなどと言っているのか。

 三上の言葉がいい加減なでまかせであることは、伊藤も、草鹿(連合艦隊参謀長・草鹿龍之介中将)もよく理解していた。本当にそのつもりであれば、せめて事前にその通告と準備があって然るべきなのだが、実際には何も動いていない。作戦の目的も意義も全て名ばかり、本当は「大和」のために最期を飾ってほしいという、たったそれだけの理由で出撃を命じているからだ。

(それでも何ら戦局に寄与せず、ただ征って死ねと命令するならば、後世に残る戦いを立派にやってみせ、死んでみせてやる)

ADVERTISEMENT

 死ぬ覚悟はとっくにできている。どのような形であれ、日本のために戦って死ぬことに異存はない。だが、それを命じる側の連合艦隊司令部が、自分たちをここまで見放して、その場しのぎの「思いつき」だけで作戦を立てていることに、伊藤は愛想を尽かしていた。

 自分たちが陣頭に立って死ぬのではなく、(編集部注:連合艦隊司令部があった)日吉の後方で「死んでくれ」と命じるならば、せめてそれを命じる「覚悟」を連合艦隊司令部ももっているべきである。

 だが、今の司令部には、それが感じられない。極めて無責任に、まるで他人事のように伝えられる特攻命令。従容として死す。

 彼らはその「覚悟」さえも、現地の部隊に全て丸投げしようとしている。長い、長い沈黙が破られた。伊藤はふっと息を吐き、静かな顔で、草鹿と三上を見据えた。

「それならば、何をか言わんや。よく了解した」

 驚くほど穏やかで無味な返答だった。だが、その言葉の裏にある殺気のような凄味に、三上は鳥肌が立つのを感じた。