1953年、栃木県の田舎村で起きた一家4人強盗殺害事件。
両手両足を縛られた残虐な現場や複数の体液痕から組織的犯行が疑われたが、逮捕されたのは事件の捜査本部に自ら自宅を提供していた「村の青年団長」だった。
病の母を想う心優しい青年は、なぜ残虐な強盗犯へと変貌し、巧妙な偽装工作や「東京拘置所からの脱獄」という前代未聞の暴走に及んだのか?
衝撃の真相と哀しき結末を、鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目)
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一家4人を殺害した男の来歴
菊池は1925年(大正14年)、父、母、兄の4人家族に生まれた。母親は菊池が2歳のとき、アルコール依存症の夫と離婚し3年後に再婚。
新しい父親は妻や2人の兄弟に辛く当たったが、その裏返しで菊池は母親思いの優しい人間に育ち、やがて生まれた妹も心から可愛がった。
菊池が22、23歳のころ、母親が白内障を患った。菊池は母親を自転車に乗せて遠くの眼科に毎日通った。治療には金がかかり、早朝から夜遅くまで働いても次第に工面するのが難しくなっていく。さらに母親の症状は医師から「手術をしなければ回復の見込みはない」と診断されるも、継父は「失明ぐらいなんだ」と叱り飛ばす始末。
悩み、追い込まれた菊池にあらぬ考えが浮かぶ。
村の雑貨店の女主人は商売上手で、小銭を貯めているという噂がある。あの店に強盗に入り手術費用を作ろう――。
