警察のはからいで「母親と再会」した男は…

 本来ならこんな頼みが通るはずもないのだが、警察は特別に許可し、菊池は警察官や新聞記者たちが見守るなか、母親とほんの少しの再会を果たす。

 母親はすでに目が見えていなかったが、息子の声を聞き「正、正、おまえは生きていたのか」と涙を流し、菊池もまた「おかやん」と泣き崩れたそうだ。

写真はイメージ ©getty

 ちなみに、このとき妹も家にいて、生卵とカレー汁を兄に食べさせたという。

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 その後、菊池は東京拘置所に戻されたものの、不祥事の責任を取り所長が解任、管理部長など多くの刑務官が処分を受けた。

 そして、脱獄から1ヶ月半後の1955年6月28日、最高裁は菊池の上告を棄却。同年11月22日、死刑施設のある仙台拘置支所で処刑される。

 首にロープをかけられたとき、菊池はすでに30歳になっていたが、子供のように泣いたという。