1冊を読むな、棚を動かせ――「知識網」構築のために紙の本の所有が欠かせない理由

 研究者になって購入する本の数がケタ違いに増えると、この背表紙による知識網の構築は、さらにハイレベルなものに展開してゆきました。

 わたしにとって研究とは知ることではなく書くことです。つまり自発的なアウトプットであり、ここが受験時代とおおきく違います。そこでは書架の本から、論文執筆をゴールとして、より多様で複雑な独自のなにかを引き出す必要がある。

 わたしは本をあまり読まないことを公言していて頻繁に(いぶかられるのですが、わたしにとって最重要の「勉強」のひとつは、本棚のまえに立って、次から次へと本を抜き出しては裏表紙や目次や索引をばらばらと読むという作業です。

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©Unsplash

 裏表紙を読む理由は英語圏の研究書ではそこに本の梗概が書いてあるからなのですが、この勉強のポイントは、「それがどういう本なのか」を、アーギュメント単位、チャプター単位でざっくり把握すること、そしてその結果として得られた情報にもとづいて棚の本を並べ替え、知識網に組み込んでゆくことです。

 すこし余談ですが、まえに研究者仲間と話していて、「本を色で覚えてるんですね」と言われたことがあります。タイトルが思い出せない本について、「あー、あの紫と黄色の本ですよね、2章の中盤で〇〇の話をしてて」みたいなことをよく言うので、それが奇妙だったようです。

 この話からわかると思うのですが、わたしにとって本の中身についての記憶は表紙を含むデザインと不可分であり、これがまさしく本の実物を買う理由であり、ひいては、本を電子化する気になれない理由でもあります。

 こうして知識を表紙デザインと紐づけ、ネットワークを作りながら、書架を眺めるだけで「この本Aはこの章でこういう話をしていて、本Bとこの章で繋がっている」というようなことがイメージできるようにしてゆくのが、わたしの「読書」の本体です。

 わたしはそれらの本の1%も読んでいませんので、さすがに「読んだ」とは言えない。しかし、それらはわたしの知識網において、じゅうぶんに仕事をしている。これが、積読による知識網の構築という作業です。

 もしかすると、それこそ神秘的な雰囲気を感じるひともいるかもしれませんが、この勉強の正体は、なんということはない、ものすごく地味な暗記の作業にほかなりません。それを、本の中身にあまり立ち入らずに、日々やっているというわけです。

 さて、こうして背表紙と中身が対応し、ネットワークができてくると、日々の生活において書架の背表紙が自然と目に入ってくるだけで知識を復習できるようになります。なんども本を読みなおさなくても、毎日その内容をうっすら反芻し、近辺にあらたに本を組み込むときにまた思い出す。

 ここでなにが起こっているか。これはつまり、「未読」の本が積まれた本棚は物理的に具現化された知識網そのものだということです。わたしの脳内の知的ネットワークは、書架において外化されている――というか、そもそも書架のほうがオリジナルだとも言える。だから「忘れる」ということがない。

 これがおそらく、暗記能力には微塵(みじん)も自信がないわたしが、研究者がみな腐心する文献管理をまったく放棄しながらも生産性を保っている理由のひとつなのではないかと思います。わたしにとって文献情報は本棚によって記憶されており、アイディアは視覚的にネットワークごと励起する。だから自分にどういう論文が書けそうか、すぐに見当がつくのです。

機能的で持続的な「知性のネットワーク」を作るために

 まとめましょう。通読だけが本の読みかたではない。ただし、積読も、ただ積めばよいというものでもない。そのごく一部を、ごくわずかな時間をかけて把握するだけで、本は背表紙だけで仕事をしてくれるようになる。そうして構築された知識網は、おそらく、あなたが無理をして月に何冊も本を読んだ結果として得られるものよりも、圧倒的に有用で機能的で持続的な知性のネットワークとなってくれる。

 今回はそういうお話でした。

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