そんな北朝鮮の権力社会で、後継者として扱われているように見えるジュエ氏はともかく、ロイヤルファミリーとはいえ、他の人々と全く異なる服装をする金与正氏には、よほどの自信があるのだろう。
金与正氏が「摂政」として実権を握るシナリオも
朝鮮中央通信は今年2月末、金与正氏を「党総務部長」の肩書で紹介した。金与正氏は2月下旬の第9回朝鮮労働党大会で党副部長から党部長に昇格していた。脱北した元党幹部らによれば、党総務部長はかつて党公式文書の保管・管理を担う閑職とみられていた。一方、最近の韓国メディアでは、総務部は党総書記の指示を党全体に周知し、党の内政や統制に関わる中核部署との見方も出ている。
また、北朝鮮では最高指導者の現地視察には「党書記」が同行し、党部長は基本的に平壌で党務の指揮を執るのが通例だった。だが、金与正氏は党組織指導部と並ぶ核心部署の党宣伝扇動部で副部長を務めていた当時と同様、しばしば、北朝鮮の対外方針について談話や声明を発表している。金正恩氏の現地指導にも同行している様子が、国営メディアによって伝えられている。部下の数は減ったのかもしれないが、金与正氏の権限には変化がないことがわかる。
大城山革命烈士陵への訪問を伝える国営メディアの配信写真をみると、黙礼の際に金正恩氏夫妻とジュエ氏だけが、首だけを前に傾ける「最高指導者スタイル」を取る一方、他の幹部たちは深々と上半身を折り曲げていた。しかし、そのフレームには金与正氏は入っていなかった。与正氏も深々とお辞儀していたことは想像に難くないが、ジュエ氏との力関係を浮き彫りにしたくない意図があるのかもしれない。宣伝扇動部の副部長時代、最高指導者が写った「1号写真」を選び、画角を決めるのは与正氏の仕事だとされてきた。総務部長になった今も、彼女は自らの見せ方をコントロールする特権を維持しているのかもしれない。
正恩氏と与正氏の母親である故高容姫氏は在日朝鮮人だった出自のため、公の場には出られなかった。金日成主席は金正日氏と高容姫氏の結婚も認めなかった。正恩氏と与正氏らは日本海側の元山にある特閣(最高指導者の専用住宅)で世間の目を避けるように暮らした。不遇の時代が長かったため、2人は強い愛情で結ばれているとされる。疑り深く、信頼できる側近が少ないという正恩氏の事情も影響しているようだ。
このままいけば、いずれジュエ氏が後継者の座を不動のものにするだろう。だが、推定13~14歳の彼女が権力基盤を固めるには、まだ10年ほどの歳月を要する。
もしその間に、正恩氏が健康悪化で倒れたらどうなるか。与正氏が「党第1書記」(2021年新設)のポストに就き、若きジュエ氏の「摂政」として実権を握るシナリオが現実味を帯びてくる。さらには、権力継承の過程で与正氏自身がトップの座を奪い取る可能性すら否定できない。朝鮮労働党高級幹部層の「赤い貴族」たちにとっては、自分たちの特権さえ守られれば、トップが誰であろうと知ったことではないからだ。
8月14日に見せた、ジュエ氏と与正氏の服装は、2人の争いがなお続いていることを暗示しているのかもしれない。
