「幸せな時期なのに、素直に喜べませんでした」

 そう振り返るのは、歌手で実業家のmisonoさん。

 2002年に「day after tomorrow」のボーカルとしてデビュー。大ヒットしたRPG『テイルズ オブ シンフォニア』のテーマソング『Starry Heavens』などで人気を集め、その後はソロでアーティストとしてもバラエティタレントとしても幅広く活躍してきた。

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 そんなmisonoさんが7月、ABEMAの番組で41歳で出産していたことを公表し、話題となった。

 2018年には夫のNosukeさんが精巣がんと診断された。さらに経営していたエステサロンや飲食店の閉店など、幾度もの困難を経験しながら迎えた待望の出産だ。しかしその裏では、高齢出産や不妊治療中の人への配慮からマタニティフォトは撮らず、妊娠の公表もしなかったという。

 母となった今だからこそ語れる、出産までの舞台裏と、その胸の内を聞いた。(全4回の1回目)

預かりボランティアをした子猫と遊ぶmisonoさんとNosukeさん(写真=本人提供)

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婚姻届を出した直後に精巣がんが見つかった

――大変お聞きしづらいお話で恐縮ですが、ご主人のご病気が分かった当時のことをお聞かせいただけますか。

misonoさん(以下、misono) Nosukeの病気が分かったのは婚姻届を出した直後だったんですが、その前から、2年ぐらい喪中が続いてたんです。Nosukeとお付き合いした2016年、Nosukeの誕生日当日にお義父さんが急死してしまって。

 当時、自分は主演ミュージカルの本番中だったので、すぐに駆けつけることもできなかったし、お義父さんに一度もお会いすることができなかったんです。それが、ずっと心残りで……。

 自分は「いつか」「次」「また今度」という言葉が嫌いで、それまでも「今日死んでしまっても悔いのないように今を生きよう」って、目の前のことだけを考えて一生懸命やってきたタイプだったんです。なのにお義父さんと「地方の公演が終われば落ち着くので、休みの日に皆でゆっくり食事をしましょう」ってやりとりをしてしまって。

 亡くなる前に顔を見ることすらできなくて「やっぱり人間って、いつ何処で何があるか分からないし、自分はNosukeの家族も大好きで、これからもっと大切にしたいと思っていたのにできなかった」と反省しましたし、改めて“死”について考えるようになりました。

 そこからNosukeとの結婚を自然と意識するようになって、「喪が明けたら婚姻届を出しに行って結婚式を挙げよう」って話をしていたんです。

 でも結婚式を挙げた次の日にmisonoの身内が亡くなってしまって……。無事に結婚式が終わって朝方に家に帰ったんですけど、一睡もしないで長崎県に行って。だからまた1年間、喪中になったんです。

 喪が明けてから、亡くなったお義父さんの誕生日に婚姻届を出しに行って、やっと落ち着くと思っていたんですけど、Nosukeの体調がどんどん悪くなって。枕と布団を変えたり、整体や針へ行かせたり、色んなことを試してみたんだけど、日に日に酷くなってきて。

 やっと病院に行ったと思ったら精巣がんが見つかったんです。