「人生で幸せな時期なのに、素直に喜べませんでした」

 そう振り返るのは、歌手で実業家のmisonoさん。

 2002年に「day after tomorrow」のボーカルとしてデビュー。大ヒットしたRPG『テイルズ オブ シンフォニア』のテーマソング『Starry Heavens』などで人気を集め、その後はソロでアーティストとしてもバラエティタレントとしても幅広く活躍してきた。

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 そんなmisonoさんが7月、ABEMAの番組で41歳で出産していたことを公表し、話題となった。

 2018年には夫のNosukeさんが精巣がんと診断された。さらに経営していたエステサロンや飲食店の閉店など、幾度もの困難を経験しながら迎えた待望の出産だ。しかしその裏では、高齢出産や不妊治療中の人への配慮からマタニティフォトは撮らず、妊娠の公表もしなかったという。

 母となった今だからこそ語れる、出産までの舞台裏と、その胸の内を聞いた。(全4回の2回目/最初から読む)

ご自身が経営されていた飲食店でのmisonoさんとNosukeさん(写真=本人提供)

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妊娠が分かっても素直に喜べず…夫への報告は「家族のグループLINEで」

――ABEMAの番組で、妊娠が分かったとき、「ずっと喜べなかった」とお話しされていました。その時はどのようなお気持ちだったのでしょうか。

misonoさん(以下、misono) もちろん「幸せ! 感謝!」ってなったけど、周りの人の話を聞きすぎてなのか、色んな人のYouTubeやSNSを見すぎてなのか、「やったー! 家族やスタッフに早く知らせたい!」っていうテンションじゃなくて。

 先生が一言目に「おめでとうございます」って言ってくださったのに、自分のほうが冷静で、「ありがとうございます。でも、まだ流産の可能性もあるから油断できないですよね?」と返してしまったくらいで。

 生まれてくるまでは、っていうか生まれてからも、どうなるか分からないから、マタニティフォトも撮らなかったし、ジェンダーリビールやベビーシャワーとか一切やっていないんです。

 他の人みたいに動画を撮ったり、SNSをやったりしても良かったのですが、「今回クリアできたけどまた次の検査がある」って常に気が抜けなくて、ずっと気を張っていました。ひとつひとつクリアしていく感覚だったので、ドキドキ、ワクワクより心配や不安の方が大きかったです。

 だから東京にいる友達とかには報告を送れなかったです。プライベートで会わなきゃいけない関西のみなさんや仕事仲間にだけ、話してました。大好きだった生の食べ物やカフェインがNGとなると「何で?」ってなるので「極秘で」とお願いしながらも結局はたくさんの人に説明しなきゃいけない状況でした。

――妊娠したことがわかった時、Nosukeさんにはどのように伝えられたのでしょうか。

misono ウチらは別居婚だし、不妊治療中も一人で病院に通っていたから、直接伝えたわけじゃなくて。ちょうど家族のグループLINEが盛り上がっていた日に「今日、検査の結果が出る日やんね? どうだった?」という連絡があって。misonoの出産予定日が書いてある紙を病院の方がくださったので、写真を撮って送ったんです。

 でもNosukeは仕事中で、夜中に読んだそうで。家族からも「LINEじゃなくてせめてテレビ電話じゃない?」とびっくりされました(笑)。