歌うヒーローに戦うヒーロー、そしてファミリー向け映画が目白押しの夏休みのシネコンで、大人が観るならこれ一択!? 池松壮亮総理率いる“スター内閣”による銃弾が一発も飛ばない戦争映画をチェックしてきました。

今週のターゲット『開戦前夜』

〈あらすじ・概要〉1941年、官僚、軍人、民間企業から集められた若きエリートたちが「総力戦研究所」で“模擬内閣”を結成。彼らは対米戦をシミュレーションし、「長期戦なら日本必敗」との結論にたどり着くが……。石井裕也監督が豪華俳優陣で描く歴史ドラマ。池松壮亮主演。原案は猪瀬直樹の『昭和16年夏の敗戦』。138分。公開中。

 

◆ ◆ ◆

ADVERTISEMENT

 公開初日の7月31日、昼すぎのTOHOシネマズ 日本橋へ。会場は中高年を中心にほぼ満席! 大人たちの期待値が半端ない本作の舞台は、まさに“開戦前夜”の総力戦研究所。そこで「日本がアメリカと戦ったらどうなるのか?」というシミュレーションが行われていた史実をもとにした物語です。

 まずは、この“模擬内閣”の豪華すぎる人事(キャスティング)にご注目あれ。池松壮亮総理に、仲野太賀書記官長、岩田剛典海軍大臣、中村蒼陸軍大臣、三浦貴大企画院総裁! こんな顔触れなら、閣僚の記念写真だけで支持率が上がりそう(笑)。

 しかし与えられた課題は笑えません。検証を重ねるほどに「長期戦になれば日本は負ける」という身も蓋もない結論へ近づいていく。かつて「事件は会議室で起きてるんじゃない!」という名ゼリフがありましたが、本作は真逆。しかも、机を囲み、数字と意見をぶつけ合うだけなのに下手なアクションよりスリリング。発言者のみならず、数字を聞いて顔色を変える者、相手の言葉を遮る者、黙って視線を落とす者。会議のメンバー全員に見応えがあるから長い討議でもまったく退屈しません。殴らない、撃たない、走らない。それでも熱い。石井裕也監督と実力派俳優たちが、会議を立派なアクションシーンにしてしまいました。

 さらにユニークなのは後半の展開。今度は模擬ではなく、本物の権力者たちが登場。北村有起哉の近衛文麿、佐藤浩市の東條英機、奥田瑛二の木戸幸一、松田龍平の昭和天皇と、ベテラン怪優揃い。とにかく顔の圧がすごい!

 中でも目がくぎ付けになったのが佐藤浩市さん。ご存知のとおり、一歩間違えばコントになりかねない高難度のビジュアルなわけですが……画面に現れた瞬間から、もう東條英機にしか見えません。眼鏡の奥の鋭い視線、固く結ばれた口元、何を考えているのか分からない不気味さ。とはいえ、本作の東條は分かりやすい悪役ではないのが、さらなる見どころ。悪いモンスター一人を倒せば解決する話ではない――それが大人の世界だと言ってしまえばそれまでですが、だからこそ私たちは何度でも、この誤った道の進み方を見直さなければいけないのだと感じさせられました。

 戦争は戦場で始まるのではなく、会議室で始まる。豪華キャストを目当てに見始めても、そんな“空気の怖さ”がズシリと残る一本でした。

次のページ 写真ページはこちら