2014年、川崎市の有料老人ホームで高齢の入所者3人が相次いでベランダから転落死した。要介護度の高い高齢者が手すりを越えることは不可能な状況にもかかわらず、目撃者も証拠もなく捜査は難航。「迷宮入り」寸前まで追い込まれる。
警察の前に浮上したのは、転落死があったすべての夜に夜勤に入っていた21歳の元職員だった。ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の文庫新刊『殺め人』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全3回の1回目)
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死刑が確定した男
「なんですか? 時間がないんですよ。17時半から歯医者なんで。撮影、やめてもらっていいですか? 帰りますよ。人の目もあるんだから」
――施設の入居者3人が転落したときの状況は?
「いまはお話しできない。私の判断だけではそういう話はできないんですよ」
――誰かの関与も疑われています。
「関与がどういう意味かわからない」
――転落死が起きたすべての夜に勤務していましたよね?
「私が当直していたのは事実です。でも、なにも関与していないんですよ。現場に居合わせたという事実もありません」
――では、一連の出来事についてどう感じていますか?
「私の判断だけではなにも語れないんです。本当は言いたいこともあるんですが、施設との関係もあるし、しゃべれない」
――転落死を伝える報道を見て、どんな気持ちか。
「不安な気持ちがあります」
――不安とは?
「自分が疑われているのではないか、という不安です」
――なぜこんなことが起きてしまったのでしょうか?
「個人的には、転落事故は食い止められたんじゃないかと後悔しています。自分が関わっていた方々が亡くなってしまうなんて」
これは、入居者3人を転落死させたとして殺人罪に問われ、後に死刑が確定した男による、逮捕前の答弁だ。男は当時、私が記者をしていた写真週刊誌『FRIDAY』で、一緒に取材で回っていた同僚記者からの質問に対して、終始落ち着いた口調でこう返していた。
2015年9月初旬のことだ。短髪で小太り。特徴はひときわ目立つ黒縁メガネくらいか。どこにでもいそうな青年は、このとき逮捕の瀬戸際に立っていたにもかかわらず、あるのは「自分が疑われている不安だけ」だと関与を否定し、その表情に焦りは微塵もなかった。
男は誰で、当初は関与を否定していたこととは何か。介護施設元職員の今井隼人(当時21歳)で、神奈川県・川崎市内の老人ホームで高齢の男女3人が相次いで転落死した事件である。
