「下に見られているのではないか」妻に養われている自分を受け入れられなかった

――奥様は何と?

小西 「帰れば?」って(笑)。それを聞いてシュンとしてしまいました。渡米してからも、会社のメールは見られたので政治のニュースが毎日届くんですよね。それを目にしながらも、自分が現場にいないことが歯がゆくて……。それが最初の壁でした。

――そうしたストレスは、しばらく続いたのですか?

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小西 数カ月は不安定な状態でした。例えば、幼稚園のパパ会で幹事をした際、周囲のパパたちは、当然のごとく「仕事の話」をするわけです。しかし、私は働いていないので話題に入れない。悪気なく「日中は何をされているのですか?」と聞かれることも多く、「あなたの奥さんと同じようなことをしていますよ」と返したりして。そう言われて初めて、向こうはドキッとするのでしょうね。

 定期的に行われた保護者会も気まずかったですね。平日の日中なので、女性しかいないわけです。最初に参加した際、自己紹介を促されて「女子大に来た気分です」とか言ってみたものの、全くウケず……。周囲は、まるで珍獣を見るような目つきでしたね(笑)。後に、ママさんたちとは楽しくおしゃべりする関係性になれたのですが、慣れるまでは端っこでポツンとしていました。

 そんな感じで、男性が専業主夫をしていることは常に異端扱いでした。また、「妻よりも下に見られているのではないか」といった感情が湧くことも度々あり、これも非常に苦しかったですね。

――小西さんの著書『妻に稼がれる夫のジレンマ——共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)では、「妻が稼いだお金を使うことに抵抗があった」とも書かれていました。

小西 はい、その抵抗感は確かにありました。東京にいたときは財布が別々だったので、お互いに気を遣うことはなかったのですが、米国では妻の口座が紐付けられたクレジットカードを使うので、いつ何を買ったのか全て把握されてしまいます。

 特に、母の日や妻の誕生日に妻のお金でプレゼントを買うのは嫌でしたね。変なプライドがジャマをして、「妻に養われる自分」をしばらく受け入れられませんでした。仕方がないから買っていましたけど。

お金を使うことに抵抗感を覚えた時期もあったという(本人提供)

小西さんを救った「妻の一言」とは?

――当時の小西さんは、家事育児を「対価をもらう労働」とは認識していなかったわけですね。

小西 はい、根底には「家事育児は女性がやるべきものだ」という価値観が残っていたのだと思います。「子どもを育てるにはやらなきゃいけない、でも労働ではない」といった感覚ですよね。

 あるとき、「申し訳ないんだけど、プレゼントを買うのにクレジットカード使ったから」と妻に伝えたら、「何でそんなこと断るの?」と。「あなたは家事育児という仕事を担っているんだから、そんなこと全然気にしなくていいよ」と言われて。

 それからは気がラクになって、ガンガン使うようになりました。お酒が好きなので、「お酒は家事育児の労働の対価だ」と言い聞かせて(笑)。