夫婦げんかも数多く……どこかに「やってあげている感」があった
――実際に家事育児を担ってみて、「想像していたより大変」といったことはありましたか?
小西 大変でしたね。特に、育児はこちらの思い通りになんてならないですし。常に、「いつ何が起きるかわからない」という感覚が隣り合わせでした。
――逆に、家事育児を「楽しい」と思うことは?
小西 子どもが喜んでご飯を食べてくれる姿を見るのは、嬉しかったです。お金を稼げるわけではありませんが、家族をケアする喜びを感じられるようになりました。主夫の仕事は尊い仕事であり、リスペクトされるべきものだと、少しずつ家事育児に対する見方が変わっていきました。
――現地では、奥様と言い合いになることもありましたか?
小西 たくさんありました。ケンカの理由は、基本的に1つです。当初、妻の海外赴任は2年間の予定でした。渡米から1年半ほど経つと、だんだんと焦りが出てきて「2年って言ってたよね。いつ帰れるの? どうなってるの?」と妻に問い詰めてしまうんです。
すると、「そんなのわからない。会社が決めるんだから私に言われても」と返ってくる。「じゃあ会社に聞けばいいだろ」「そんなこと聞けるわけないじゃない」と押し問答になるんです。
――奥様は、まだ海外に残りたい気持ちがあったのですか?
小西 そうですね。でも、私は職場にも2年間と伝えているし、もう主夫として十分やっただろうとも思っていました。だから早く帰りたくてウズウズするわけです。酔った勢いで妻に八つ当たりした記憶もあります。
――小西さんとしては、「家族のためにやりたいことを犠牲にしている」という気持ちだったのでしょうか?
小西 最後まで、そうした思いがあったかもしれません。妻に対して、「お前のために付いてきて、家事育児もやってあげているんだ」って。自分で決断したにもかかわらず。“やってあげている感”が残っていて、それを折りに触れて持ち出すのでケンカになってしまいました。
――ストレスが爆発しそうになったときの発散方法は、何かありました?
小西 庭にグリルを置いていたので、分厚いステーキをそこで焼いて、気を紛らわせていました(笑)。真冬で雪が降っているなかでも、ダウンを着て焼いていましたね。一心不乱に肉を焼くと、自然と嫌なことを忘れられたんです。
続く記事では、小西さんが振り返って気づいた自身の過ち、自分と同じような“駐夫”を集めたコミュニティを形成したエピソード、帰国後のキャリアや現在の家族観、ジェンダー観を聞いていく。

