2017年末、妻の海外赴任に伴い共同通信社の政治部記者を休職し、2人の子どもと共に同行して米国で専業主夫になった小西一禎さん(54)。休職して“駐夫”になるという選択は、自身の心からの希望ではなかったという。しかし、「この日々がなかったら、おそらく父親にはなれていなかった」と小西さんは振り返る。家事育児に全振りする日々で気づいた「自身の過ち」とは――。
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「マッチョな組織で、また働けるのか」3年の“専業主夫”生活で、考えがガラッと変わった
――結局、海外滞在はいつまで続いたのですか?
小西一禎さん(以下、小西) 当初の予定だった2年を超えて3年3カ月に及び、2021年春に帰国しました。ちょうど3年目に突入したのが、コロナが到来した2020年だったんです。妻が在宅勤務に、子どもたちもリモート学習になるなど状況が一変しました。
――小西さんは、休職していた共同通信社を退社されたのですよね。
小西 休職制度は最長3年の期限があったので、1人だけ帰国することも当然考えました。しかし、コロナ禍は想定外の連続で、妻子だけを置いて帰る選択はできませんでした。渡米したとき以上に悩みましたが、その頃はネガティブな気持ちは落ち着いていましたし、友人もたくさんできて、むしろ現地での生活を楽しんでいましたから。
――以前に抱いていた「男性は働き、女性は家庭を守る」といった価値観も薄れていたのですか?
小西 すっかり脳内でパラダイムシフトが起きていました。「今の状態で、政治部というマッチョな組織で以前のような働き方ができるのか」という不安も出てきていたほどです。もし戻ったら、この3年で培った価値観がゼロに戻ってしまうのではないか。たとえ戻っても自分に何ができるのか――という憂慮もありました。そこにコロナ禍も加わり、退職という決断に至りました。
――渡米前と比べると、すごい変わりようですね。
小西 でも、最後は「えいや」という感じでしたよ(笑)。退職した翌日からは、現地の日本語メディアで執筆・編集の手伝いを始め、家事育児とその仕事を両立するようになりました。

