3/5ページ目
この記事を1ページ目から読む
「ウソをついて、誠に申し訳ない」
犯人の吉岡は1965年の第3次高裁判決以降、獄中から事件は自分の単独犯であるとの17通もの上申書を最高裁に送る一方、これまで名前の出なかった人間を共犯者にでっち上げるなど、混乱した行動を見せる。
そして1971年9月22日に服役していた広島刑務所を仮出所し20年8ヶ月ぶりに塀の外へ。呉市内の更生施設に入った後、造船所に就職する。
同時に八海事件弁護団を介して、阿藤らへの謝罪を懇願。同年10月25日に阿藤、久永の元被告との面会を果たす。その場に同席した毎日新聞記者の前坂俊之(1943年生)が『サンデー毎日』1977年9月4日号に、このときの吉岡と阿藤の会話を記している。
吉岡「ウソをついて、誠に申し訳ない。なんば、おわびしても許していただけないと思うけど」
阿藤「許すも許さんも、吉岡君の出方一つだ。迷惑をかけた皆さんに同じように詫びる必要があると思う」
吉岡「皆さんに迷惑をかけたことはどんなにお詫びしても許していただけないと思う。阿藤さんの日記を読んで涙が出て仕方がなかった……」