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阿藤「残念なのは、それをもっと早い時期に言ってほしかった、10年も続く前に。今日はここであなたが良心からそう言うなら、許してもよい」
吉岡「一生、社会に出られないと思っていた。刑務所、検察庁の言うなりになっておけと決心していた」
阿藤「これは、本当に思うけれど、裁判も公正で最後には真実が勝った。もし不正な裁判で、そのまま僕は無実の死刑が決まっていたら。今だからこうやって話し合えてメデタシになっている。吉岡君も心では重荷になったかも知らんが、一つの安堵を持って、仮出所してきた。そこの点をよく考えてほしい」
犯人は更生するかと思いきや…
その後、吉岡は稲田と松崎にも謝罪し、第二の人生を歩んでいたが、1976年5月に呉市内で当時27歳の男性を絞め殺そうとした容疑で逮捕。
殺人未遂罪で起訴され、裁判中の1977年7月11日に胆のう炎が原因でこの世を去った(享年49)。