震災発生翌日には小泉進次郎防衛相自らの肝いりなのか、300台ものスポット・クーラーがかき集められ、熊本空港に、さらにそこから陸上、航空自衛隊により各避難所等に運ばれ、設置されたのである。
さらに海上自衛隊はヘリ空母型護衛艦「いせ」はじめ掃海母艦「ぶんご」や輸送艦「くにさき」、訓練支援艦等を派遣、八代港沖合の「いせ」に佐賀駐屯地のV-22「オスプレイ」が発着艦、「いせ」から支援物資や人員を熊本空港に移送、八代港に停泊した造水能力の高い「ぶんご」や「くにさき」では陸上、航空自衛隊や自治体の給水車に断続的に飲料水を提供したり、被災民への入浴支援に当たったのである。
コロナ禍が始まった際、横浜港に停泊した大型客船「ダイヤモンド・プリンセス号」の乗客に感染者が相次ぎ、その医療・防疫活動に参加していた自衛隊員や医療関係者のためのホテルシップとして防衛省が借り上げた大型フェリー「はくおう」が派遣された。今回も同じく防衛省が「はくおうⅡ」を八代港に派遣し、医療拠点や被災民の入浴休養施設として活用されている。
まさに空と陸と海をつなげたスピード感ある支援作戦が実行された。
「暑すぎる…」熱中症で救急車
自衛隊だけやない。警察、消防も、さらに地元、近隣自治体、ボランティアの皆様も今現在も復旧復興、さらに被災民への生活支援のため汗を流しつづけているのである。
「火の国」と呼ばれる熊本を襲った今回の災いは近代の日本人が実質初めて経験する「真夏」の震災となった。
この殺人的猛暑の中で涼をとるには電気しかないのである。この暑さで電気が絶えた避難所などで熱中症や脱水症状に陥れば「死」につながるのではと容易に想像できる。



