では保守派、あるいは特攻隊員に敬意を示す人々には賞賛されたのかと言えばそうではなく、公開の翌月には現代ビジネスに『「特攻は無駄死に」だったか…福原遥主演映画で物議をかもしたセリフを正面から考える(2024年1月23日)』と題する記事が掲載され、ノンフィクション作家でありNPO法人「零戦の会」会長でもある神立尚紀氏から、映画のセリフに対して強い批判が向けられている。
――現代の高みからは何とでも言えるという好例だろう。(中略)そんな特攻隊員たちに、「自分から死にに行くなんて、馬鹿だよ。そんなの、ただの自殺じゃん」「結局敗けるんだよ」などと誰が言えるだろうか。(中略)だが大ヒット作ならなおのこと、ヒロインのセリフから、特攻隊員の死は「無駄死に」だったとの決めつけが、この作品に「号泣」する若い世代に定着してしまうことを私は危惧する。
つまりは、右からも左からも批判を浴びた作品だったのだ。
また映画ファンからの評価も厳しかった。アニメ映画として圧倒的な戦中のリアリティを構築した『火垂るの墓』や『この世界の片隅に』に比べると、戦中どころかまるで近未来にタイムスリップしたように「清潔で明るい大日本帝国」でしかないと批判を受け、映画雑誌などでも高い評価を与えた批評家はあまり見かけなかった。
だが重要なのは、そうした四方からの逆風にもかかわらず映画がヒットし続けたこと、劇場に若い観客が押し寄せ続けたということである。大きなメディアの後押しがあったわけではない。左派から非難され、右派から叱責され、シネフィルからは冷笑された映画であり、テレビ局が製作委員会に名を連ねているわけでもなかった。だが公開後数か月にわたって『あの花が咲く丘で』は驚くべき伸びでロングランし続け、最終的な観客動員は350万人にも及んだ。
今年8月の地上波放送も合わせれば「数百万人の少女が見た映画」と表現しても決して過言ではないことが、公開当時に劇場に足を運んだ観客には納得してもらえるのではないだろうか。満員の映画館で、いったい10代20代の女性でない観客は何人いるのだろうか、と数えたくなるほどに観客層は若く、圧倒的に女性に偏っていた。そして、この映画に右からも左からも向けられた冷たい視線にかかわらず、若い観客たちがスクリーンにむけるまなざしは熱く、真剣なものだった。世の中には特攻隊を扱った映画も、恋人と死別する悲恋を描いた映画も山ほどあるのに、なぜこの映画だけが特別なのか。答えを出せた映画関係者はいなかったのではないかと思う。
大女優・倍賞千恵子の「若者向け恋愛映画」出演に受けた衝撃
続編に倍賞千恵子が出演する、と聞いて驚いたのは、この映画が単なる大ヒット作ではなく、そうして左右から政治的に非難される問題作、リスクの高い作品だったからだ。
言うまでもないことだが、松竹という映画会社にとって倍賞千恵子は特別の上にも特別な存在である。その理由は『男はつらいよ』や『幸福の黄色いハンカチ』という日本映画史の金字塔となった作品に出演してきた過去の功績だけではなく、80歳を過ぎたここ数年に限っても役者としての評価を天井知らずに上げ続けている驚異の存在だからだ。
海外SF小説を映画化した石川慶監督作『Arc アーク』。カンヌでカメラ・ドール特別表彰を受けた早川千絵監督作『PLAN75』。松竹130周年記念作品として木村拓哉を相手に主演をつとめた山田洋次監督作『TOKYOタクシー』。倍賞千恵子が80代で出演した映画はすべて国内外で高い評価を獲得し、出演のたびに多くの映画賞が贈られている。実際に映画を見ても、その演技は息をのむほど鮮烈で、生命をかけたような気迫に満ちている。80歳をすぎてこれほど急激に活動を活発化させ、評価を上げる俳優は世界にも多くない。
