日本軍約4600人がほぼ全滅した1943年11月「タラワ島の戦い」。玉砕の島で奇跡的に生き延びた一人の日本兵は、飢えと渇き、そして捕虜になるまでの地獄の日々を証言していた。(初出:特集文藝春秋 1956年4月)【全2回の後編/前編から続く】
※本文中ではアメリカに残された貴重な戦時写真をAIでカラー化。83年前の激戦と日本兵の姿を“色”でたどります。
◆◆◆
<11月21日、米軍がタラワ島に上陸。戦車兵だった筆者は仲間を次々と失い、最後の突撃を迎える。壕内を爆弾と火焔放射器で襲われたが、戦友の遺体の下で奇跡的に一命を取り留めた。>
少したって外へ出てみると辺りはすでに夜になっていて、無気味な静かさはたしかに死の島という感じであった。遠く米軍陣地とおぼしきあたりに灯が見える他、昼間あれ程全島を揺がしていた砲声も絶えはてていた。戦いは終ったのであろうか。
そうだとすれば我軍全滅のこの島に只一人生きのこって私は何をすればいいのであろうか。命令する何者もすでに亡く、戦うにも銃一つ持たぬ丸腰である。いったい、励ましあう戦友もなく、敵占領のこの島にどうして生きていったらいいのだろうか。たとえ生きていても故国に還る望みもないのだ。
「空腹でザリガニを食べ…」
しかし命は尊かった。生きられるだけ生きてみようと、捕えられる危険も覚悟の上で、私は米兵の眼をかすめて島のあちこちに食糧を求め、もしや一人でもと戦友の姿をさがしたが、そのいずれも空しく、例え様のない寂しさと空腹は、いかにしても耐えられるものではなかった。



