私は或る夜ひそかに海を渡り、一粁(キロ)程はなれたとなりの小島へ移ってみた。ギルバート諸島は本島のタラワの他にいくつかの島が出来ていて、そこにも守備隊があったからである。だがそこもすでに占領されていて、何度も見張りの米兵にみつけられそうになった。
仕方なく私は昼間はひそみ、夜になると食糧をさがして海辺をうろうろした。浅瀬でとれる小魚や小えび、ざりがに等が大切な主食だったからである。たまに御馳走といえば落ちている椰子の実位であった。
そのうちあちこちの島から、一人、二人と生きのこりの戦友が集まり、7人になったときの心強さ。この中の上官は少尉であったが、どうせ捕まって殺されるなら、いさぎよく自分で死のうと、7人一緒に首を吊ってみたが、もとより丈夫な綱などある筈もなく、死ぬにも刃もの一つ、ピストル一つない我々であった。
「私はとうとう捕虜になってしまった」
一尺ほれば塩水の出るこの島は飲料水もなく、生きるためにたべるのか、たべものをさがすために生きるのかわからない日々であった。折角寄りあった7人も食糧さがしのためにまたあちこちに散っていってしまい、再び一人になった私には、飢えよりも、のどのかわきが耐えられなかった。私は死の苦しみからのがれたくて、飲めばまたあとで苦しむ事も知っていながら、海水を飲まずにはいられなかった。
そんな苦しい日々が幾日ともわからず続いたが、それは3週間程であったかもしれない。焼けつく様なのどのかわきに耐えかねて、ふらふら海辺へ出て来た所を、巡視中の米兵に見つけられたのである。そのときの私には、情けなくも抵抗する気力も体力もつきはてていて、遂に捕虜となったのである。



