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「平成の大横綱」の終わり

 そんな風に家族の物語は瓦解していき、相撲界との縁も薄れていくなかにあって、貴乃花は貴乃花部屋の親方として、そこにとどまる。しかしそれも「平成の大横綱」にふさわしい、順調なものとはいかなかった。

 八百長疑惑や野球賭博などスキャンダルに事欠かない日本相撲協会にあって、貴乃花親方は改革派として自ら一門を興し、最近では「モンゴル互助会」と対立する。そして今年1月の理事候補選では、一門から貴乃花と阿武松親方のふたりが立候補する奇策に打って出るが、他の一門からの浮動票獲得を狙った貴乃花は1票しかそれを取れずに落選。報復人事にも遭い、最も下の年寄にまで降格する。

景子夫人と貴乃花 ©文藝春秋

 もっとも鵜飼克郎・岡田晃房他『貴の乱』(宝島社)などは「悪の相撲協会に立ち向かう貴乃花」という構図は単純すぎるという。協会顧問の肩書をもって利権を漁り、協会を食い物にする人物がいて、八角親方らにとっては《最大の「ガン」、貴乃花にとっては心強い支援者》であったという。その人物は《最高権力者であった北の湖親方に接近し、やがて北の湖親方が理事長となると、その威を借りた協会の「黒幕」として協会を支配》するようになる。それが北の湖親方が急死すると、その人物がかかわる不正が次々と発覚していくのであった。

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阿修羅に似ている

 急進派のゆく末にあるのは、いつも悲劇だ。純粋なまでに相撲を愛するがゆえに、それを穢す者を問いただす。その一方で、純粋ゆえにひとを見抜けず、組織とも折り合えない。結果、一代年寄を名乗ることを許されたほどの「貴乃花」の名が相撲界から消えることになる。もっとも貴乃花が追及した暗部は残るのであるが。

 そういえば、文藝春秋95年6月号で母・憲子と当時婚約者の景子との対談で、貴乃花についてこう語り合っている。奈良・興福寺の阿修羅像と貴乃花が似ているという手紙が何度か来たので、憲子は「三年前に阿修羅様にお会いしに行ってきたんです。あまりにも似ていて気持ち悪くなっちゃった」といい、景子も「ほんと似てますよ」と話を合わせる。

©AFLO

 阿修羅とは争いが絶えない世界にいる神である。そういえば向田邦子脚本の傑作ドラマ『阿修羅のごとく』は、《何気ない日常を生きる家族が抱える些細な秘密や隠し事。そこから垣間見えてくる嫉妬、エゴ、執念といった“阿修羅”の一面を4人姉妹の姿を通して描いた悲喜劇》(注7)であった。

 貴乃花を通じて、平成の30年の時をかけて、家族や兄弟の抱える葛藤の物語と、相撲界に潜む闇を見せられていたのかもしれない。


 
(注1)週刊文春2018年10月4日号
(注2)女性セブン2017年6月15日号
(注3)週刊文春2018年2月8日号
(注4)文藝春秋1995年1月号    
(注5)婦人公論1998年6月7日号
(注6)文藝春秋2000年10月号
(注7)NHKアーカイブ https://www.nhk.or.jp/archives/search/special/detail/?d=drama038