「あっ、パパだ」
結海さんは私のインタビューに、こうして初めて取材を受けたのは、パパが死刑になった――パパがママを殺した事件のことをずっと調べていたからであり、調べていたのは、いつどのタイミングで死刑が執行されようが構わないが、その死刑執行が「私のなかで事件が終わることだから」と語っている。
結海さんは、2023年4月に私たちがYouTube『日影のこえ』で公開したこの事件の取材動画を見てコンタクトしてきた。事実を改めて取材してほしい、そんな思いが原動力になった。
紘子さんの遺体が発見された2010年5月のことだ。桑田の殺人・死体遺棄容疑での逮捕を結海さんは、時を同じくしてふいにテレビから流れてきたローカルニュースを見て知った。このとき結海さんは祖父母宅にいた。
桑田は紘子さんについて、自らが3か月前に殺害したにもかかわらず、「行方不明になった」と周囲に嘯き、結海さんと妹を祖父母宅に預け、当の本人は殺害後に娘たちの前から姿を消していたのだ。
結海さんが当時をこう振り返る。
「お婆ちゃん、お爺ちゃんと居間で団欒しているときに、『あっ、パパだ』って」
テレビに映し出されたのは、顔を隠すようにしてパーカーのフードを被り警察官の後に続く“パパ”だった。
「どういうこと?」
「で、みんなで顔を見合わせ『どういうこと?』みたいになって、叔父さんも叔母さんもドタバタして。でも、これは捕まる人の様子だとわかった。まだ妹は2歳だったけど、私は当時、もう小学校1年生でしたから」
それは紘子さんを殺めた桑田の本性が表沙汰になるニュースで、しかも親族のなかで結海さんが最初に見つけたのだった。
まさか桑田により絞殺され遺棄されていたとは誰も思っていなかった。行方不明だと思われていた紘子さんは遺体で見つかるという残念な結末で終わる。
パパの逮捕は理解したとしつつも、結海さんはそのときまだ、「ママが死んだことも、ママの死とパパの逮捕が結び付くことも、完全には理解していなかった」と言う。結海さんが続ける。
