かつて政財界や芸能界のタブーに切り込み、数々のスキャンダルを暴いた伝説の雑誌『噂の眞相』。2000年6月、同誌編集部が民族派右翼に襲撃され、岡留安則編集長らが大ケガを負う凄惨な事件が起きた。当時の現場の混乱や、事件直後に見せた編集長の驚くべき行動とは――。

 佐高信氏の新刊『スキャンダル雑誌の作り方 「噂の眞相」人名録』(講談社)より、著者で元連載陣の佐高氏と中森明夫氏による対談の一部を抜粋してお届けする。(全2回の2回目)

写真はイメージ ©getty

◆◆◆

ADVERTISEMENT

電話でしゃべりながら手元で原稿を執筆

中森 『噂眞』編集部で驚いたエピソードをもう一つ紹介します。編集部で僕や田中康夫が早刷りを読みふけっていると、神林やイイクミが誰かと電話しながらワーワーやり合ってるんですよ。まだメールも携帯電話も普及していない時代だから、取材相手やネタ元との連絡方法はもっぱら固定電話です。

佐高 岡留もいろんなネタ元と、のべつ電話をしていたでしょう。

中森 そう。しかも、誰かと電話をしながら手を忙しく動かして原稿を書いている。すごいですよ。原稿が本当にひどい。佐高さんは文章がうまいじゃないですか。佐高さんの筆が速くて乱筆なのは有名だけど、乱筆といっても達筆でもあるから、解読できれば文章の筋はきちんと通っている。

 ところが岡留さんの文章はグチャグチャ。殴り書き。乱筆乱文すぎて、一読しただけではとても読めたもんじゃない。それでも一応文章らしきものにはなっていて、以後ゲラに赤字入れするうちに、誌面に載せるだけの原稿が完成しちゃう。

 さすがの佐高さんも、誰かと電話でベラベラしゃべりながら原稿は書かないでしょう。あれはすごい特殊技能ですよ。電話で誰かとしゃべりながら、同時に執筆しているんだから。

佐高 僕は『現代ビジョン』という経済誌で育ってきた人間なので、校了間際のギリギリの局面では10分で何か短い原稿を書かなきゃいけない場面もありました。でも速書きだからといって、中身が鋭いとは限らないし、成功するとも限らない。なんで岡留が成功したかという話ではあるわな。