「戦後日本とは何だったのか」

 戦後史については、政治、経済、教育、文化という「慣習的な序列」があり、しかも大衆文化が直接対象となることはほとんどないため、歴博ではあえて大衆文化に焦点を当てたのだとされる(安田常雄「趣旨説明 第6展示室『現代』 大衆文化を通してみる戦後日本のイメージ」『歴博フォーラム 戦後日本の大衆文化』)。

辻田真佐憲氏(筆者提供)

 その展示のなかでひときわ興味深いのは、「戦後日本とは何だったのか」という大胆な問いが立てられていることである。

 戦後日本とは何だったのか。ここでは人びとの暮らしのなかに生きている大衆文化を通じて、5つの切り口から戦後日本を再定義してみる。戦後日本は、戦前社会からの「転向」であると同時に、戦争中の体験などが「喪失」してゆくプロセスであった。また、「冷戦」と「民主主義」と「中流階級化」の3つが戦後の日本を特徴づけた。そして戦争体験の風化も進み、植民地経験も「忘却」されていった。

 数え方がややわかりにくいが、戦後日本を再定義するのは「転向・喪失」「冷戦」「民主主義」「中流階級化」「忘却」の5つということだろう。

ADVERTISEMENT

 ただし、個々の展示を見ると、この5つは同じ種類の定義ではない。「冷戦」「民主主義」「中流階級化」は、戦後日本をめぐる国際環境や社会状況を指している。これにたいして「転向・喪失」は、戦後日本の基礎をなした物語であり、「忘却」はその物語の言わば副作用として理解できる。

 その言わんとしているところは、「転向・喪失」のパネルをよむと明らかになるだろう。

 戦後の日本は、喪失に殉じた少数の人びと(引用者註、軍関係者や民間右翼など)を残して、戦後の復興から成長の道を歩み出した。それは過去の自分や社会・政治をすてて、もうひとつの自分に転換していくことを意味した。それは「人間宣言」を発して「神格」からの転換をはかった天皇にはじまり、庶民レベルでも、軍国主義から平和主義への変身がなだれを打ってはじまった。その総転向の物語が戦後の日本を特徴づけている。

 ここで重要なのは、天皇にしても庶民にしても、戦前と戦後を通じて同じ人間だったということだ。にもかかわらず、あたかも別の人間になったかのように振る舞うことで、戦前を切り離し、無垢な存在として戦後をはじめようとした。これが「総転向の物語」の意味だろう。

 まったく別の歴史が展開すれば、そのような思考は欺瞞ではないかという問題意識がより強く台頭したかもしれない。だが現実には、そこに「冷戦」「民主主義」「中流階級化」という条件が重なることで、戦後日本はうまく再出発を切ることができた。

 そう考えると、「忘却」はたんなる記憶の風化ではあるまい。戦前から戦後へと連続していたはずの自分たちを、いったん別の存在として作り替えたからこそ、植民地支配をはじめとする過去の記憶は忘れられなければならなかった。とはいえ、その記憶が完全に消え去ることはなく、おりおりに蘇ってくる。ここでいう「忘却」は、戦後日本につきまとう「呪縛」のようなものと考えたほうがよいかもしれない。

 いずれにせよ、一見教科書的に見える戦後史の展示も、よく読むとなかなか興味深い論点が浮かび上がってくる。そして言うまでもなくそれは、あの戦争を大きな切れ目とすることでかえって戦後史が見えてこないという本論の問題意識とも通ずるものである。

 もっとも、歴博の展示は1970年代までしか扱っていない。そのため、戦後史をどこで区切るべきかについては明確な答えが示されていない。

※本記事の全文(約11000字)は、月刊「文藝春秋」9月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(辻田真佐憲「歴史の『断絶』と『連続』」)。 全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・1990年代という切れ目
・政治家にかんする展示から見えるもの
・「記憶戦争」の時代に

文藝春秋

この記事の全文は「文藝春秋PLUS」で購読できます
歴史の「断絶」と「連続」

出典元

文藝春秋

【文藝春秋 目次】芥川賞発表 受賞作全文掲載 小砂川チト「ゾンビ回収婦」/「高市総理よ、日本を壊すな」細川護熙/がん15部位 早期発見ガイド

2026年9月号

2026年8月10日 発売

1480円(税込)

Amazonで購入する 目次を見る
次のページ 写真ページはこちら