――それは困りますね。
碓氷 本当に面倒でしたが、激昂した母を収めるにはとにかく言うとおりにするしかないので、土下座して「東大に行かせてください」と頼みました。土下座自体は昔から何度もしていたので抵抗はなかったですし。
――「土下座で済むなら、土下座しよう」という感じでしょうか。
碓氷 その通りです。おかげでどうにか受験にこぎつけて、合格して東大生になることもできました。土下座のおかげです(笑)。
――ついに上京して母親から解放された?
碓氷 いいえ、そんなことはありませんでした。最初から「東大に受かったら、母も上京する」と決まっていたんです。
――お兄さんは一人暮らしされているのにですか?
碓氷 兄が家を出た時はまだ私がいましたが、私が家を出れば地元には母1人だけになります。東京と地元の2か所で家賃を払うよりは私について上京する、と言って聞きませんでした。
上京についてきた母親にバイトもサークルも反対され…
――つまり大学に入ってからも2人暮らしですか?
碓氷 そうですね。しかも管理グセも全く変わりませんでした。最初に借りた部屋は1LDKだったんですが、個室は母のもので私はリビングで寝ていました。勉強するのもリビングなのでパソコンの画面もすべて母に見られていて、動画なんて見ようものならすぐにバレます。この時期は、サボるのも苦労させられました。
――大学生になっても束縛が全く変わらなかったのですね。サークルとかバイトなどはできたんですか?
碓氷 バイトは却下され、サークルも「活動時間が夜だからダメ」と反対されました。振り切ろうかとも思いましたが、毎日機嫌が悪い母が待つ家へ帰るのは憂鬱になりそうで、結局諦めました。
朝は相変わらず5時に起きて22時に寝る生活で、むしろ個室がなくなった分だけ地元の時よりも監視が厳しくなりました。スマホもLINEも抜き打ちチェックがあるので、ろくに友達と連絡も取れない日々でした。
――大学時代が人生で一番自由だったという人も多い中で、それはうんざりしてしまいそうです。
碓氷 ええ、いい加減に私も限界で、家出を考えたことも何度もあったんですが、現実的には難しかったです。新しい家を用意するのはもちろん、世間からすれば「東大受験を女手ひとつで支え続け、上京してまで子の世話を焼くシングルマザーと、それを捨てた親不孝者の娘」になってもおかしくありませんから。
それに当時は母の洗脳が解けていなくて、「自分は大学を出たら地元に帰り、地方公務員として母を養いながら一生を終えていくのだろう」と考えていました。今から考えると、ぞっとします。
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