――日本語を習得するうえで、環境のほかに大きな手助けになったものはありますか?
森崎 Eテレで放送されている番組は、語学習得にすごく役立っていたと思います。ちょうど学校から帰ってきたタイミングで、『おじゃる丸』とか『忍たま乱太郎』がテレビで流れていたんですよ。そういうアニメを見て、知らない間に日本語を覚えていたんじゃないかな。言葉が全部分からなくても、すっと入ってきて見ていて楽しかったです。
――日本語を学んでいて、難しいなと思うところはありましたか?
森崎 当時は、「同じ音なのに、なんでひらがなとカタカナの2つがあるんだろう」とか思ってましたし、漢字も難しかったですね。でも今は、子どもの頃とはまた別の日本語の難しさに直面しています。
言語の本当の難しさを知るのって、その言語がある程度分かってからだと思うんですよ。大人になって、自分が発する言葉により責任をもつ必要が出てきたからこそ、自分でSNSを更新するときの言葉の並べ方とか、誰かに何かを伝えるときの難しさを感じるようになった気がしますね。
ずっと続けていたサッカーが、言語の壁を越えるきっかけに
――小学校での日々は、大変なことも多かったですか?
森崎 それはもちろん、沢山ありました。日本に来る前は、漠然と「どうなるんだろう」と思っていたんです。いざ日本で生活を始めてみると、「こんないじめがあるんだ」とか「俺、めちゃくちゃひとりじゃん」みたいに具体的な怖さに直面していきました。
当時は、外国人が転入してくることってあまりなかったと思うんですよね。だから、同級生にとっては、「急に入ってきた異物」みたいな感じだったのかもしれません。みんなの輪に入ろうとすると蹴られたり、とにかく仲間外れにされて。それで屋上で1人で泣いたりもしていましたね。もちろん先生は気を使ってくださっていましたが、24時間見守るわけにもいかないじゃないですか。
――ご両親に学校での出来事を相談されたりとかはしましたか?
森崎 うちはめちゃくちゃ厳しかったので、「学校に行かないならミャンマーに帰れ」と言われていたんです。僕も僕で、立ち向かうしかなかったので、学校には行っていましたね。
――そこで学校に行けるのがすごいと思います。
森崎 僕は負けず嫌いなんですよ。だから学校に行き続けられたんだと思います。あと、転入してから1年ぐらい経ったら、僕をいじめていた当人が、逆に僕をいじめから守ってくれるようになったんですよ。

