32歳で暴力団を離脱したあと、42歳で一念発起して受験勉強を始め、44歳で慶應義塾大学に合格した斎藤由則さん(51)。1年の休学を経て、2025年3月に大学を卒業。現在は弁護士を目指して司法試験の勉強をしながら、犯罪者の更生支援や被災地でのボランティアなど、社会貢献活動にも取り組んでいる。
2025年12月には、衆議院法務委員会に参考人として出席し、国会議員たちの前で再犯防止に必要な視点を語って話題となった。
そんな斎藤さんに、少年院送致後の面会で涙を流した理由、ヤクザになった経緯、ヤクザを勝手に抜け出した後の“仕打ち”などについて話を聞いた。(全6回の3回目/4回目につづく)
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「あんたを殺して私も死のうと思ったの」中2の時、母親にロープで首を絞められた
――車上荒らしの裁判で、お母さんが裁判官に「少年院に行かせて真面目にさせてください」と頼んだことから少年院送致が決定したと。お母さんに首を締められたこともあったそうですね。
斎藤由則さん(以下、斎藤) 中2のときですね。寝てたら息苦しくて、「夢でも見てるのかな」と起きたら、母が僕の首にロープみたいなものを巻き付けてウンウンと一生懸命引っ張ってるんですよ。
そのとき、母が見たことない形相をしていて。悲しみ、哀れみ、不安、恐怖、狂気がごっちゃになった表情とでもいいますかね。
慌ててロープを奪い取って、「てめえ、何してんだ!」って取っ組み合いになって。「もう疲れたから、あんたを殺して私も死のうと思ったの」と泣かれました。
その頃は何度も補導されているのに、無免許でバイクに乗って事故を起こして、保護観察処分になってたんです。さらに、首を締められた日には、父と口論して手を出しちゃってたんですよ。それで母も来るところまで来てしまったんでしょうね。
さすがに反省しましたよ。親にも手を出してしまったし。学校にちゃんと行こうと決心しましたけど、やっぱりダメでしたね。で、車上荒らしで少年院です。
――少年院に約半年いる間は、裁判官に少年院送致を懇願したお母さんに恨みを募らせていたわけですか。
斎藤 いきなり「面会だ」って言われて面会室に行ったら、母親がいて。その姿を見たときは、さすがに涙が出ましたね。
母の気持ちも分かりました。ほんと、あのままだったら人殺しとかやっちゃうような人間だったんで。だって平気でバールや金属バットで人の頭をひっぱたいてたんですから。
