――でも、そのまま安泰とはならず?
斎藤 23歳で神奈川県警に恐喝の容疑で逮捕されました。宝石販売で稼いで贅沢しまくってたら、もっとお金が欲しくなって悪さをしてしまって。
で、23歳の5月2日にパクられて、24歳の4月に判決が出ました。懲役4年で、水戸少年刑務所(当時)に送られました。
「雑居房で一緒だった人に絡まれてケンカして…」初めての懲役刑で刑務所生活
――初めての懲役刑。
斎藤 20日勾留は何回もありましたけど、懲役は初めてでしたね。僕は初犯になるから、そうしたA級受刑者が入る刑務所に送られると思ってたんです。緩い川越少年刑務所とかね。そうしたら、すんごく荒れていた水戸少年刑務所でね。
親父さん(担当官)から「1日も早く社会復帰できるように、規律違反を犯さないよう頑張って生活しなさい」と言われて、入所して1週間は頑張ってたんですけど、雑居房で一緒だった人に絡まれてケンカして懲罰となり、独居房ですよ。
その後も懲罰、懲罰、懲罰で、20回くらいはあったんじゃないですか。ケンカやったり、博打やったりしちゃったんで。
――問題を起こしてしまった。
斎藤 懲罰を与えられた連中が送られる第八工場ってのがあって、僕もそこに配役されたんですよ。そこの親父さんに「お前よ、社会でも悪さしてて、中でもこのままでいいのか。しっかり務めろよ」って言われたんです。その言葉は響きましたね。そこから悪さをしなくて、最後は刑務所内での待遇が良くなったんです。
――28歳で出所。更生を誓ったわけですか。
斎藤 出てすぐにA先輩に「出てきました」と電話して。A先輩は組の最高幹部になっていて。「じゃあ、東京に帰ったら会おうや」と言われて、またヤクザに戻っちゃったんですよ。
「まじめにムショ生活を送ろう」と頑張ってただけで、その時点ではまだ更生する気は起きていなかったんです。
撮影=志水隆/文藝春秋
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