14代前の先祖に恥をかかせない
――鎌倉時代の人たちと現代人で、一番大きく違うと感じたことは何でしょう。
今村 「家」という感覚じゃないかな。
手柄が欲しいとか承認欲求とかいろいろ言いましたけど、家に恥をかかせないという概念が結構あったと思う。
作中の少弐家なんてもう、自分たちが最前線の指揮官もやれば乗り込んでいって、70歳を超えるようなおじいさんまで上陸して戦って、少弐の一族が死にまくっても島を奪還しようとする。
「少弐の力を見せろ」という感覚というのは、現代人にはなかなかないですよね。
第二次世界大戦でもまだ若干分かる感覚かもしれないけれど、この鎌倉時代の人たちは14代前ぐらいの先祖に恥をかかせないくらいの気合で戦っているわけで、この概念は現代人には難しい。
――今村さん自身が「家」という感覚を感じた瞬間はありましたか。
今村 最近、自分の先祖伝来の土地を去って、墓じまいなどをしたときに、なんかふっと思うものがあったんですよね。
ずっとこの地に今村の家があって、大した家でもないけれど、仏壇を畳んだりしたときに「家」という概念がちょっと頭をよぎった。
会ったこともない先祖に、あまり恥ずかしくないように頑張ろうぐらいのことは思っていたから――これも日本人を探る上での一つのポイントかもしれないと思いましたね。
「日本人の真の美しさってグレーのところにある」
――今村さんの作品には、白黒つけずに「グレー」を描くという姿勢が一貫しているように感じます。
今村 グレーってなんか汚いもの、中途半端、どっちつかず、みたいなイメージを持つ人も多いと思うんですけど、日本人の真の美しさってグレーのところにあるような気がするんですよ。
美しさというか、日本人の強さや美しさ――ある意味それは弱さかもしれないけれど――やっぱりこの中間色のところにもっともっと目を向けていきたい。
池波正太郎先生がエッセイで「これから世の中のグレーという塩梅の色がどんどんなくなっていく」と予言されていたような記憶があるんですが、まさに今の日本というのは、特にAじゃなければBという、白黒がつきすぎている。
SNSで敵か味方か二分されていく感じというのも、そうですよね。
どの問題も、そんな簡単に語れるものかなということは常に考えています。
