『水曜どうでしょう』のカメラ担当ディレクター・嬉野雅道氏と藤村忠寿氏が、実績を出していたHTB(北海道テレビ)の制作部を突如解体され、直面した「退職」と「他局移籍」の危機。不当な組織改革に反発し、一時は「他局で『どうでしょう』をやろう」とまで考えた2人だったが、なぜ会社にとどまる決断をしたのか。

 同番組で長年、カメラ担当ディレクターとして活躍する嬉野雅道氏の最新エッセイ『だから僕らは出会わなければならないのです。』(集英社インターナショナル)より一部抜粋してお届けする。全2回の2回目)

『水曜どうでしょう』カメラ担当ディレクターの嬉野雅道氏(写真:本人SNSより)

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後ろ向きなことばかり思いつく。我々が「傷ついていた」ってことだ

「なんだよこの仕打ちは?」と、単純に呆れて腹が立ったのです。

「いっそさぁ、よその局へ移って、『火曜どうでしょう』とか、いや、『月曜』でもいいけどさ……。番組名を変えてさぁ他局で『どうでしょう』をやればいいよね。どこでだってやれるよね」と、どうにかして会社に腹いせをしてやろう的な発想に当時の我々は傾きがちでした。

 でも、落ち着いて考えてみたら会社の内紛なんか視聴者には関係のない話です。視聴者は『水曜どうでしょう』を通してHTBは良い会社だと勝手に思ってくれていて、『水曜どうでしょう』と一緒にHTBごとハコ推ししてくれていたんですから。

 それに、たしかにHTBは『水曜どうでしょう』を地で行くような吞気な風土を持った居心地の良い会社でしたから。問題だったのはあのときの経営陣だけで、その他の部分は相変わらず長閑だったんです。それを経営陣のやり方が気に入らないから辞めてやろうとか意気込んで。どこでもいいから他局で『どうでしょう』を始めてやろうとか、番組や会社を毀損するようなことばかり考えていたのです。

 でも、そんなことしたら視聴者もしらけて、「みんなガッカリして誰も我々についてこなくなるだろうな」と、だんだん思えてきたんです。

 だって会社と揉めてる内情を世間に暴露したって誰も楽しくないですよ。それなのに、あのとき後ろ向きなことばかり思いついてしまったのは、結局、我々が「傷ついていた」ってことなんでしょうね。人間、やっぱり前を向いた発想をし続けるには、「傷ついてはいけないんだ」なって思いました。