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あれから16年経ちましたけど。あのとき会社と喧嘩して感情のまま流れの外へ飛び出さなかったのは正解だったと思います。やっぱり表立って対立すれば双方に傷を残します。それが癒えない傷なら火種のように見えないところで燻り続けて、いつまた我々を対立に引き戻す原因にならないとも限らない。
喧嘩は始めたらこちらの意思だけでは終われなくなるんです。そんな、チンピラに絡まれたみたいな人生が続くのはめんどうです。でも、対立を回避してやりたいことを我慢したら、それはそれで「やりたかったのにできなかった」と恨みが残りそうだから。
「我慢」もやっぱり「傷」になるんでしょうね。
「悪意」を生んではいけない
だったら、「対立もダメ」「我慢もダメ」「どっちもダメ」ということになり、会社の思惑に縛られても、なんとかして、やりたいことはやるようにしなきゃならないとなる。
でも、強引にやろうとすればやっぱり対立する。ここをね、何とか工夫して、対立せずにやりたいことがやれてしまえば、自分の中に悪意は生まず傷つきもせずに済みそうです。
でも「こっちが正しいんだ!」「これはやりたいんだ」と生真面目に主張したら、双方ともカッとなって直ちに悪意が発生します。そしたら後ろ向きな発想ばかり思いつくので、対立は激化する一方です。だから、「悪意」を生んではいけない。
やっぱり厄介なのは「悪意」です。