対立は、双方がルールに則ってやっちゃっているのではないか

 実はここに、非常に示唆に富んだ逸話がございます。

 ずいぶん前に会社が全館禁煙になったばかりのときのこと。編集室で編集しながら藤村くんがタバコを吸っていたんだそうです。で、それを見咎めた総務の人が注意に来たと。

嬉野氏と藤村忠寿氏(写真:本人SNSより)

「藤村、今日から全館禁煙だぞ」と。そしたら彼は、「あっ、すいません」とあっさりタバコを消したと。とくに反抗的な目で睨み返すでもなく態度も殊勝だったと。そうなると総務の人もそれ以上強く説教もできないから帰ったと。帰ったら藤村くんはまた吸い始めたと。それを見咎めて総務の人がまた来て、「藤村、だから禁煙なんだって!」と厳しく注意したら、「あ、すいません」と、またすぐタバコを消し、驚くほど恐縮して恭順の意を示したと。

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 そこで拍子抜けした総務の人はそれ以上は怒れず、仕方なく、「ダメだぞ藤村、禁煙なんだから」と、語気弱く言い残すと、「分かりました」と藤村くんも答えたと。で、総務の人も帰ったと。でも帰ったらまた吸い始めたと。そんなことを繰り返していたらやがて総務の人は編集室に来なくなったと。注意に行っても永遠に同じことを繰り返しそうで、総務の人もだんだんわけが分からなくなったんでしょうね。

 それを聞いて私は笑ったんですけど。

 でも、この逸話の重要な部分は、厳重注意を受けた藤村くんがカケラも悪意を発生させていない事実だと思います。つまり人間は、まったく悪意が計測できない相手とは対立できないのかもしれない。総務の人は怒鳴り込みに行ったのに、藤村くんの悪意のなさに気を削がれ、それ以上は強く説教できなかった。だとするのなら。そこで悪態をつくことなく悪意を発生させなかった藤村くんは、ひょっとして「対立のルール」に則った対応をしなかったのかもしれない。

 つまり、対立するにも意外とルールがあって、双方がそのルールに則って悪意を出し合うから対立は激化するんじゃないのか。売り言葉に買い言葉といわれる悪意に満ちた言葉の連鎖反応こそ、もっともルールに則ったお手本みたいな対立かもしれないということです。だから構造上、売り言葉には敏感に反応してはいけない。