そして、注目を集めるために迷惑行為や攻撃的な書き込みをする“炎上系”に転身した。ピンクの車を乗り回し、あおり運転で書類送検されたこともある。

 後日、あらためて湯川の自宅を訪れた重松に、母親が「被害者の方々にはお詫びのしようもない。申し訳ありませんでした」と疲れ果てた表情で謝罪した。親戚の写真もネットにさらされたという。

 息子について、「どうすればいいのかわからない。口先だけ(の反省)なら一生刑務所に入っていてほしい。同じことを繰り返すなら、家に帰って来ないでほしい」と苦悩していた。

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懲役は…

 翌年の二〇二三年一月、東京地裁は湯川に懲役一年、執行猶予五年、拘留二九日の判決を言い渡した。

 松永は被害者参加制度を使い、法廷で意見陳述を行った。

「生きていれば、誰しもがつらいことや傷つくことはあります。それでも、ほとんどの人は他人を傷つけることはせず、歯を食いしばって生きています」