あの夏、田中と斎藤には「明確な違い」があった
もうひとつは、それでもピッチャーとしての田中くんには、僕のなかに複雑な感情があって、それが「彼は特別じゃない」と思わせていたのかもしれません。そもそも2年秋の明治神宮大会で彼のピッチングを初めて見た時から、これは次元の違うピッチャーだと思っていました。だからピッチャーとしての田中くんに対するリスペクトの気持ちはずっと持っていて、投げるボールに関してはとても敵わないと思っていたのも事実です。
実際、彼は僕ができないことをいくつもできてしまうピッチャーでした。夏の甲子園が終わってからの高校JAPANで一緒になった時、知りたいことがいっぱいあって、僕は田中くんを質問攻めにしました。スライダーの握りを教えてもらったり……でも、僕にはそのスライダーを再現するのは無理でした。
ただ、それだけすごいピッチャーだとわかっていながら、あの夏の決勝に関して言えば、僕は田中くんに負けていないと思っていたところもありました。僕は2試合とも先発しましたが、田中くんは2試合ともリリーフです。
もちろん駒苫の香田誉士史監督の考えがあったんだと思いますが、僕としては背番号1同士、先発で投げ合いたかった。だからその時点で、僕の相手は田中くんじゃない、駒苫というチームだという意識が強まっていたんだと思います。投げるボールでは敵わないけど、エースとしては負けていない……そんな感じでしょうか。
決勝再試合、9回ツーアウトで、バッターは田中くん。その初球は、スライダーが少し高く入ってしまいます。それを田中くんが思い切って振ってきて、ファウル。2球目、今度はスライダーが低めのストライクからボールゾーンへ落ちて、またも振ってきて空振り。これでツーストライクと追い込みました。
3球目はスライダーがやや内側に低くいって、ファウル。田中くんはとにかく積極的に振ってきます。そして4球目、僕はストレートを投げました。球速は147キロです。延長15回を含んだ4連投で、すべてひとりで投げてきて、この夏の945球目……そのストレートのスピード表示が147キロだったことで、甲子園はどよめきました。
