棘の大きさにもよりますが、こうやって文章を書く仕事をしていると完全に抜いてしまってはいけないような気がするし、痛みを感じることが人間たる所以でもあると思っているので、付き合い方が難しいですよね。見ないふりはしないようにしています。痛みを認めたうえで、自分の思考を整えて、日々暮らしていくのが大切なんじゃないかな。

「常に自分は間違っている」という前提を持つ

伊藤亜和さん。

――「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」の受賞記念講演で、「相手を知ることをサボらなければ、誰も世界から消えはしない」「簡潔で断定的な答えは、私たちから考える苦しみを奪い、この世界の複雑さに耐える力を、少しずつ奪っていく」と語られていました。忙しい日々の中では、つい簡単な答えに流されてしまうこともあると思います。そうならないために、心がけていることはありますか?

「常に自分は間違っている」という前提を持つようにしています。100%間違っていると思うのではなく、自分に対して批判的な意見も受け入れるようにするというか。

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 例えば「文章が下手」と言われたとき、私自身は、本当に文章が下手だとは思っていません。でも、私の文章を下手だと感じる人がいるという事実は意識していたほうがいい。その視点を持つことで、書けるものもある気がするんです。

――批判的な人の存在を認めて、さまざまな視点を持つということでしょうか。

 そうですね。「この人は妬んでるだけ。私は最強だからそんなアンチコメント気にしないわ!」という気持ちを持ってしまうと、自分自身もそこで止まってしまう気がするんです。異なる考えを持つ人を見ないようにしたり、違う生物のように扱ったりすることにもつながってしまいかねないので、常にいろんな人の意見が耳に入るようにしています。

――いろんな意見が入ってくると、頭の中が混乱してしまいませんか?

 実際はあんまり聞いてないのかも(笑)。

――言われて傷つくことはないんですか?