――お母様からすごく影響を受けていらっしゃるのですね。
私の喋り方は、ほぼ母のコピーなんですよ。私の中の社交性をゼロにしたのが母ですね(笑)。いまだに思春期のようで、さなぎのまま50代になったような人です。
――対して、お父様はまた違った存在ですよね。
そうですね。エッセイ「パパと私」でも書いているように、一度決別して、全てがうやむやになって、また戻るまでに10年かかりました。お互いにとって必要な時間だったんでしょうね。
あの頃は父がどんな人なのかわかろうとしていなかったですし、父は自分をどう見ているか、ということばかり考えていたんです。でも時間が経って、私もある程度強さみたいなものを手に入れたので、父親の新しい部分が見えてくるようになりました。それはすごく良かったと思います。より一人の人間として接することができるようになりました。
自分を疑い、壊し続けることが大切
――『魔女になりたい』の中で、「自分が自分のことを救えるようになるのは難しい」と繰り返し綴られています。どうすれば自分のことを救えるようになると思いますか?
無条件に自分を承認しないようにすることが大事なんじゃないでしょうか。承認し続けたら自分の好きな自分じゃなくなって、“何でもあり”の状態になってしまう気がするので。いかに自分を疑い続けられるのか、破壊し続けられるのかを意識し続けることが大切なのかなって。
――以前、何かのインタビューで「大きなネックレスをしてラッパーのような存在になりたい」とおっしゃっていましたが、そのような存在には近づいていますか?
そうそう、目指してるんです。ほっとくとシリアスになってしまうので、もっとふざけたいです。お尻とか出して歩きたいですね(笑)。でもそうした自由も手放したからこそ、「愛されている私」を手に入れたので、今はせいぜい頭に小さな角を付けることしか出来ない(編集部注:取材時にVivienne Westwoodのカチューシャを着用)ですが、これで楽しんでいます。
伊藤亜和(いとう・あわ)
1996年生まれ、神奈川県出身。文筆家。学習院大学文学部フランス語圏文化学科卒業。2023年、noteに投稿したエッセイ「パパと私」がX(旧Twitter)上で大きな注目を集め、著名人からも高い評価を受ける。同作を含むエッセイ集『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)でデビュー。ラジオパーソナリティやテレビ出演など、文筆業以外でも活動の幅を広げている。第19回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。


