「月収1億円のセクシー女優」として知られ、9月1日に東京・浅草ロック座でストリッパーデビューした人気インフルエンサー、るるたん。劇場前には平日にもかかわらず長蛇の列ができ、満員で入れない回も続いている。
るるたんが風俗の扉を叩いたのは、大学生だった19歳のとき。「私のイメージと違った」という面接の様子と、初日に教えられた「おもてなし」とは。鈴木おさむとの対談で語ったその原点を『欲望のKPI』(扶桑社)より抜粋して紹介する。(全4本の1本目)
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19歳になったとき「自分の人生を終わりにしたいなって」
鈴木おさむ(以下、おさむ) そもそも、なんでその世界に入ったのか。聞いてもいいですか。
るるたん はい。ちょっと、暗い理由なんですけど……19歳のとき、私、大学2年生だったんです。ストレートで進学して。ただ、過去に性被害に遭っていて、そこからずっと厭世観強めのわりと暗い人生を送ってたんです。好きな作家は?って聞かれたら「太宰治」みたいなテンションで生きてた。
おさむ うん。
るるたん で、19歳になったとき、いろいろしんどくて。一回、自分の人生を終わりにしたいなって。
おさむ それは「死にたい」ってことですか。
るるたん そうですね。
おさむ 今振り返って、その「終わりにしたい」は、どこから来てたと思います?
るるたん いちばん大きかったのは、たぶん両親だったんです。父のことをすごく尊敬してて。自分のベンチマークみたいに思ってたんですよ。
おさむ 優秀なお父さんが、そばにいた。
るるたん そう。ただ、親の期待が、私にはちょっと重くて。「人並み以上でいてほしい」「レールに乗った人生を生きてほしい」「結婚して子どもを産むのが普通だよね」みたいな。
おさむ わりと、はっきりした理想像があったんだ。
るるたん はい。それで、漠然とした不安がずっとあったんです。「こんなに優秀な父でこの普通より少し裕福な生活水準なのか」と。だったら「私なんか、普通の生活すら一人で送れないんじゃないか」って。先のことを考えると、その不安だけがやたら大きくて。
風俗の世界に入ったのは「死ぬための2000万」を貯めるため
おさむ 未来が、怖かった。
るるたん 怖かったです。ただ、親には教育にお金もかけてもらったし、ちゃんと育ててもらった。だから、お金を返してからと思って。今思えば、お金を返したから親が許すとか、そういう話じゃないのは大前提なんですけど。当時の私はそこで自分にひとつ、課したんですよ。「お金を返せるところまで貯まったら、そういう選択をしてもいい」って。
おさむ いくら、と決めたんですか。
るるたん なんとなく、2000万円くらい。
