30回以上もオーディションに落選

 人生の最初の転機はミュージカル『アニー』だった。きっかけはメイキング番組を見て感動したこと。福岡で開催されたオーディション会場が母の職場から近かったため、友人と一緒に軽い気持ちで参加するも、あえなく落選する。

 負けず嫌いの蒼井はその夜、悔しさのあまり手がつけられないほど泣きじゃくった。そこから繰り返し挑戦し、5回目でようやく合格。アニーが知り合う孤児の一人、ポリーという役が与えられた。

 公演を終えれば福岡へ帰るはずだったが、『アニー』でできた仲間たちと離れ難くなっていた。仲間が別のオーディションを受けるなら、自分も受ければまた会える。そんな理由から芸能事務所に所属した。その結果、福岡の学校には戻れなくなってしまう。

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 事務所に入ったからといって、順風満帆だったわけではない。ローティーン雑誌のモデルをしながら映画やCMのオーディションを受け続けたが、とにかく落ちた。最初の30回までは数えていたが、そのうち数えること自体をやめてしまった。

 なお、最初に受けて落ちたオーディションは青山真治監督の『EUREKA』だったという。合格したのは宮﨑あおいだったが、蒼井が合格していたらどんな姿を見せていただろうか。

蒼井優写真集『優』(KADOKAWA、2001年)

転機となった『リリイ・シュシュのすべて』

 そんな時期に受けたのが岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』(01年)である。それまでの必死さが消え、のんびりとした気分でオーディションに臨んだところ、逆に合格した。

「オーディションに毎回落ちている頃だったので、今回もどうせ落ちるだろうなと思って受けたら合格し、本当に映画界ってよく分からない世界だなと感じていたのを覚えています」(CINRA 2011年4月29日)