のうてとはこの地方の方言で、怠け者を意味する。保見の一家は、水上という集落から郷集落へとやって来たものの、一部の村人との間にトラブルが発生していたのだった。

 保見の一家は集落の中で新参者であった。ちなみに亡くなった貞森さんや河村さんは代々この集落で暮らしてきた。

古くから村に伝わる「ある伝説」

 詳しく話を聞いていくと、保見の父親は近隣の村から竹細工を集めて、村に売りに行くブローカーのような仕事をしていたという。私は元々保見の一家が暮らしていたという水上集落を訪ねてみることにした。

ADVERTISEMENT

「もうあそこには誰も住んでいませんし、道もないですよ。集落が無くなったのは、もう40年か50年ぐらい前のことじゃないですかね」

保見が火をつけた貞森さん宅には焼け焦げた木材が残されていた(撮影:八木澤高明)

 郷集落から車で5分ほど走ると、1軒の民家があり、60代の男性が暮らしていた。

 そこの家の裏側に水上へとつながる道があったという。今では誰も通う者はおらず、集落はおろか道すらも草木で覆われてしまっているのだった。家の前には、こんもりとした小山があり、そこを指差して男性が言った。

「あの山は亀石と言って、平家の落人がこの場所まで逃れてきて、休んだという伝承があるんです」