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ここ金峰周辺には平家の落人伝説があり、保見の一族もその可能性もあるのではと思い、平家伝説について尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。
差別はあったのか
男性によると、水上の集落は山の上にあり、竹細工を生業としていた。古来から竹細工は、大和朝廷に服属した鹿児島の隼人やサンカなどが代々続けてきたという側面もあり、田畑を持つ常民たちから賎業視されてきた。水上集落の人々は里の人々から差別を受け、その鬱屈も事件に繋がった可能性はなかったか。
金峰地区で取材を続けていくと奥畑という集落で、81歳の古老と出会った。集落には古老と隣りの家に女性が住んでいるだけ、2人しか村人はいないという。
「昔は300人、住んでいて賑やかだったんだが、本当に寂しくなってしまったよ」
平家の落人、竹細工の職人ということで、他の村との間に差別はあったのだろうか。
「そんなことはなかった。みんな仲良く暮らしていたんだよ。水上には保見姓が多くてな。戦後になってプラスチックの製品が出回るようになると、竹細工で食えなくなって、山を下りて来たんだよ。金峰に行ったものや、奥畑に来た者もいる。中には村会議員を務めた立派な人もいたんだよ」
古老は差別に関してはきっぱりと否定した。
保見の一族は、平家の落人であり、生業が不振となると、近郷の集落へと下りてきて、新たな生活をはじめたのだという。