全身小説家としてのありかたと大阪人のもてなし
2 人間・東野圭吾の謎 〜全身小説家として〜
「ネタが枯渇した。スランプだ」
二十数年前から東野氏の口癖だったが、その後もベストセラーを出し続けてきた。創作について、かつてこう話していた。
「アイデアを出す近道など知りません。延々と考え、悩み抜き、小説の神様からプレゼントが贈られるのを待つのみです」
ゲラを推敲する際のいつものセリフは「ここは読者にとって面白いのかな。削ろうか」。
書いては削る、という作業を繰り返す日々だった。唯一の「気分転換」はスノーボード。好きが高じて、ついには日本で一番上手い奴を決める「スノーボードマスターズ」の発起人となった。
「苦しいときに自分を支えてくれたスポーツに恩返しをしたい」というのが動機だというが、賞金(総額約600万円)やスタッフの人件費、会場費用などすべて自費で大会を開催するとは、桁違いの恩返しだ。
気分転換の合間も小説に向き合っていたのが東野氏たるゆえんだ。スノボ合宿での滞在中も、周囲が寝静まった後にパソコンを立ち上げ、原稿を推敲していた。
3 東野圭吾と編集者の謎 〜大阪人のもてなし〜
大阪人である東野氏の得意料理の一つは、たこ焼きだ。「本場のたこ焼きを食べてみたい!」との若手編集者のリクエストをきっかけに、かなりの頻度でタコパが開催されていた。場所は仕事場で、準備と調理は本人だった。
「生地には絶対にダマを作らない。コツは粉に少しずつ水を入れて練り上げること。タコを入れる手順。ウインナー、キムチ、チーズなどの変わり種具材のローテーション……すべてが完璧で、まさに神業です」(担当編集者)
たこ焼きをほおばりながら「小説を売るために作家と編集者は共に何ができるか」と語りあった。宴が終わると、「そのままにしておいて。翌日に仕事場に来て片付けをすることが、執筆のウォーミングアップにちょうどいいから」というのが常だった。編集者は毎度、食べ散らかしたまま、仕事場をお暇していたという。