AKB48として活動する中で訪れた転機

――当時は渡辺麻友さんをはじめ、先輩方にも支えられながら活動を続けられていたのでしょうか。

真楪伶 最初の頃は、歌もダンスも周りのメンバーに全然追いつけなくて、「自分には何もないな」と感じることが多かったです。

 そんな中で転機になったのが、活動2年目に出演させていただいた『AKBINGO!』でした。

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 番組では先輩方が「こんな日本語を言ってみたら面白いよ」といろいろ教えてくださって、その一つが「おったまげ!」という言葉でした。

 そのフレーズをMCをしていたウーマンラッシュアワーの村本大輔さんが気に入ってくださって、「それ、毎回言って」と振ってくださるようになったんです。

 それがきっかけで、自分のキャラクターを少しずつ知っていただけるようになり、番組にも継続して出演させていただきました。

 歌やダンスだけではない、自分らしさを見つけられたのは、『AKBINGO!』のおかげだったと思います。

©︎石川啓次/文藝春秋

――活動を始めたばかりの頃は、他のメンバーについていくために、どのようなことを心掛けていましたか。

真楪伶 とにかく、チャンスがあれば何でも挑戦しようと思っていました。

 AKB48では、新しい仕事があると「これをやれるメンバーはいますか?」と全体に声が掛かることがよくありました。私は「できるかどうか」ではなく、「まずはやってみたい」という気持ちで、毎回手を挙げていました。

 もちろん、実際にはできないこともたくさんありました(笑)。それでも、「挑戦しなければチャンスはつかめない」と思っていたんです。

©︎石川啓次/文藝春秋

――その姿勢が、実際にどのような仕事につながっていったのでしょうか。

真楪伶 一つは「プロレス」でした。『豆腐プロレス』という、プロレスがテーマのテレビドラマに出演させていただけることになったのですが、ドラマだけでなく実際に後楽園ホールのリングで試合をすることになったんです。

 そこで、週に何度も錦糸町のプロレスジムへ通い、朝から昼まで受け身やロープワーク、ジャンプなどの練習を繰り返し、本格的にプロレスを基礎から学びました。

――アイドルが本格的にプロレスへ挑戦するというのは、かなり過酷な仕事ですよね。

真楪伶 実際にリングへ叩きつけられることもありましたし、本当に大変でした。でも、AKB48だからこそ経験できる仕事だと思っていたので、「せっかくいただいたチャンスなら全部挑戦したい」という気持ちで取り組んでいました。